昨日はアクシスギャラリーに初日の「チャールズ・イームズ写真展 100 images × 100 words ─偉大なるデザイナーのメッセージ」に行きました。デザイナー、イームズの写真と言説と生誕100周年とかけた展覧会。入場料1000円は学生には高いです。先着2500名の記念ブックをもらいました。展覧会の内容でもある100の言説を載せた本、ですが6カ国語で書いてあるので下手したら海外旅行楽々会話ブック、みたいなノリにも受け取られかねないし、ビレバンなんかに置かれそうな内容だなぁと感じてしまいました。装丁は好きでしたが。写真を載せてほしかったです。
イームズの写真は何を撮ろうとしたのかが観る人にはっきりと伝わります。きっと彼は自分の感覚、というか興味を魅かれた対象がなんであるかはっきりと意識でき、かつそれをどう表現すべきかがよくわかってた人なんでしょう。
今日は吉祥寺のバウスシアターにて。「爆音映画祭」に。
昼にヴィム・ヴェンダース「パリ、テキサス」を観ました。1984年なんですね。構成が非常にわかりやすい映画。イメージとしてのパリ、対してテキサス州のパリはジェーンとトラヴィスの対比とも言えるでしょう。rich or poor(黒人メイドの台詞)。子、ハンターに向かう父として金持ちの態度を選んだトラヴィス。イメージとしてのパリが存在しうる理由としてのトラヴィスと彼の父の妄想。淑女。何より、イメージ(妄想)としてのパリとテキサス州の砂漠という矛盾が同時に存在しうる場所、パリ、テキサス。トラヴィスがそこに家を建てるために土地を買ったことはその場所と家族のイメージが結びつくことを意味しています。
しかし、その土地を買うにしても、通信販売という胡散臭さ。また、パリ、テキサスは写真のまま、結局最後まで映画に出てきません。このことと、この映画のこの家族に関するエンディングは決して無関係ではありません。爆音が徹夜明けの脳を映画に集中させてくれて、気持ちよかったです。
一旦学校に行き、2、3時間作業の後、夜再び吉祥寺。ゴダールの「ヌーヴェルヴァーグ」。佐々木敦さんの講義が先にあり、90分ほど面白い話をしていただく。「カルメンという名の女」の映像を見せられた時、ゴダール理解が一気に深まりました。それで、映画も楽しめました。興味深かったのが、ヌーヴェルヴァーグ(今回の映画でなく60年代のこと)の解説。
「不可能であることから可能性を見つけていく」、「ヌーヴェルヴァーグは映画の不可能性をポジティブに再確認した。」
一字一句は違いますが。確かに!と思い、目から鱗でした。この手法はデザインにも応用できるでしょう。デザインの不可能性、デザインが不可能なこと。それを考えると、新しい可能性が見えてきそうです。
映画のほう、「ヌーヴェルヴァーグ」。音がまさに波のように(爆音だから)、覆いかぶさってきます。音と映像、これを観ていると「ヌーヴェルヴァーグ」(というよりゴダール?)は未だヌーヴェルヴァーグだ、と感じました。ゴダールは映画の中で考えうる可能性の全てを検証しているようにも思えました。
佐々木敦さんはレクチャーの中で音を現実的なもの(台詞や環境音)と付け足されたもの(音楽)に分けていましたが、この映画では言葉とその他として音を分けることもできる、と思いました。そのくらい様々な台詞が飛び交います。そのような手法として、また、映画の中の文脈(意味や象徴)、2つの側面からこの映画は面白く観ることができます。初めて見るゴダールを一度に全部を受け止めるのは困難でしょう。手法としてのそれは映画の中の音の位置づけを現象学的に捉える必要があります。また、文脈としてのそれは難しい。なんといってもゴダールは頭をぶつけただけでそれについて議論が起こりうる人ですから。
2008.05.21 |
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土曜日に映画を観にいきました。3つほど。
カール・ドライヤー監督の上映権が切れるとかで、最後の上映会に。ちなみに今週末までやってるそうです。
「裁かるるジャンヌ」
名作です。空間把握もできないくらいに役者の表情を映したカットが一貫して素晴らしい。役者勝ちな映画。しかも今回は生ピアノ演奏つき。さらには超満員につき席に座れず、通路に腰を降ろして観ました。テレビが生まれる前の昔の映画館てこんな感じだったのでしょうか。追体験した気分。こんな長かったっけ、て感じました。フィルムが違うから?
「吸血鬼」
連続ということもあり、ちらほらと寝に入ったのですが、それがさらに幻想的なこの映画を自分の中で勝手により深くしちゃった感じになりました。影、音楽、誌的なイメージが満ちています。ラストシーンのモンタージュはコントラストが強烈で非常に面白い。
で、渋谷に移動。建築系ドキュメンタリー「船、山にのぼる」。監督とPHスタジオ、五十嵐太郎によるトークショーがありました。建築の知識がない人には意味不明だったんじゃなかろうか。。。(みかんぐみ、トラス、横浜のBankartなど)それとも、建築系しか客層がいないと見込んでのことだったのでしょうか。映画自体もプロジェクトとしては面白いのだけど、いまいち。NHKのほうがいいの作れるんじゃないかなと思ってしまいました。
日曜日。森山邸へ。タカイシイギャラリー主催の「マリオ・ガルシア・トレス」展へ。森山邸へ初めて行ったのですが、やはり路地のような空間が特徴で、その空間がよかった。道路から見るのと、全く異なる体験があります。それが延長して家の中までつながっている様な感覚。それゆえ、住みたいとは思わないですが。で、この展覧会はなぜ森山邸でやる必要があるのか、趣旨が伝わらなかった。コンセプチュアルアートでした(本人もそう言っているように)。
2008.04.23 |
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アニメーション映画、『ペルセポリス』を観ました。マルジャン・サトラピ監督の自伝的作品。
パリのオルリー空港にいる本人が過去を回想する形式。その場面だけカラーで、過去はモノクロ。ドラマチックな人生が描かれています。特に少女時代はイランの激動の時代と相まってそれが顕著。
しかもそういった歴史的背景の知識がなくても子供の視点だからわかりやすいです。観客が入り込みやすいってのはポイントですね。ま、個人的には観客を突き放すって映画にもまた魅力を感じるのですが(笑)。
子供の視点で歴史を描くって映画の形式はこれから公開される予定のでもあった気がしますが、この形式はもしかしたら増えてくかもしれませんね。視点が新しいし。
でもこの映画はやはり監督の自伝的要素のほうが大きい。反抗的なパンクでロックな女性の人生、といえばそれまでですが、単にそれでは終わらないあたりがよいところです。
あと絵が非常にいいです。日本人好み。でも他の国の人たちも好きだと思います。もともとこのタッチの絵が苦手な人は最初から観に行かないでしょう。
音楽も自然に入ってくるし、演出も適当。
映画館では久々に良い作品に出会えました。わりと全国で上映されてるみたいですし、おすすめの作品。
2008.01.28 |
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日曜日のことですが、怠惰に過ごしつつもチャップリンの「ライムライト」を観てました。相変わらずの魅力。これでチャップリンの監督主演の長編映画をようやく全て観ました。いつもの紳士スタイルでないチャップリンの映画はコメディの要素も薄れます。
それでも変わらないチャップリン独特の仕草(例えば隠し事のとき、両手を前に組んで肘を伸ばし、両肩を上げ、左肩に頬をよせてする笑顔とか)はファンを安心させてくれます。
「ライムライト」でチャップリンが演ずるカルヴァロは昔は売れたが今は売れなくなったコメディアン。そのまま、とは言えなくともチャップリン自身に重なるイメージがあります(チャップリンが売れてない、とかでなく)。映画の中で演劇をし、その中でコメディをする、劇中劇中劇が観られます。
カルヴァロの歌が印象的。「ラヴラヴラヴラヴラヴラヴラヴラヴラヴラヴラーヴ」。文字だけだと伝わりませんね。しつこいまでの愛、これの魅力はぜひDVDなんかで観てほしいです。
カルヴァロが見た夢の中のことと現実の劇中劇が変わらないタッチで描かれていることがすごく気に入りました。全てはいつの間にか夢のようで、いつの間にか現実のよう。人生と対峙しながら生きている映画のようで、また一方で幻想的。
ラストシーンがそれを象徴している気がします。人生自体が儚い夢のような、そんな映画。
「先生(医者のこと)、私は死にます。ですが私は今まで何度も死んできました。」
2008.01.22 |
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「殺人狂時代」を観ました。脚本はオーソン・ウェルズ。チャップリンの終盤の言葉が有名です。「一人殺せば殺人だが、100万人殺せば英雄だ」。ただの悪人を演じるだけでないのがいい。彼もまた被害者、というのは簡単ですが、それだけのための120分ではないです。これまでのチャップリン像から離れた作品であるだけに、極端に判りやすい批判では無かったように思います。多少それまでの作品の中にあるような動きがあったりして、それを観るとああ、チャップリンだ、って感じられるのですが。
2008.01.15 |
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