六本木周辺、museum yesterday

ようやく落ち着きを取り戻そうとしている日々。昨日、同じ住宅ユニットの友人と六本木へ行った。

ギャラリー間の「グレン・マーカット」展。壁面一体に並べられた図面が美しい。圧倒的な密度。手書きの図面ってこんなにも魅力的なのか。篠原一男の図面とイメージが重なった。壁に拡大で貼られているのに精度が落ちない。これってすごいことだと思います。ただ、アクリルパネルに模型をぶち込む展示手法はどうなのかと思った。反対側に回らないと図面が見えないし。そのうち手書きをまた復習してみようかという気になった。

グレンマーカット展

続いて、21_21design sight、「浅葉克彦ディレクション 祈りの痕跡。」展。すごく良いと感じた。21_21の今までの展覧会の中で一番良かった気がする。普段自分らが捉えている記号的な文字から一歩、踏み込む。文字の起源、人類が初めて何かに痕を刻み付けたその行為が見えてくるようである。個人的には大嶺實清の家をモチーフにした一連の作品が好きだった。会場デザインは内田先生のよう。自分の中にある記号的な文字から、表徴的な文字へ見方が変わった。日本語は(漢字は)素敵な文字だと改めて感じさせてくれる。

その次にギャラリー夢のカタチ。先月できたばかりのギャラリーである。「倉俣史郎と小川隆之」。倉俣史郎を小川隆之が撮った写真が壁に貼られ、また、倉俣史郎の家具が会場内に置かれる。ミス・ブランチ。ピラミッドの引き出し。硝子の椅子。それと、壁掛け時計を初めて見た。13万円であり、とても手が届く値段ではなかった。これほどまでに物静かな時計も他になさそうである。写真をまとめた冊子が500円で販売されていたので、購入。ギャラリーは倉俣作品を多く手がけた三保谷硝子の隣。入り口のドアは倉俣史郎の代名詞の一つ、エキスパンドメタルを円筒状にして取手にしていた。とてもおすすめなのだが、残念なことに今日まで。

三保谷硝子ととんぼ


ギャラリーを出ると、非常に細い、か弱いトンボが三保谷硝子の周りを飛んでいた。何度も、硝子を認識できずに中に入ろうとしていた。そのうち、諦めて外に置いてあったガラス板の横に停まる。それを撮りました。フォトジェニックだね、と友人が言った。僕は、このトンボは倉俣さんだなと思った。


その後、明治神宮前まで移動。駅で偶然担任の先生と出会う。その後、GAギャラリーへ行く。世界的建築家の 最近のプロジェクトの紹介。スケールが大きすぎてあまり実感がなかった。GAのパネルって見にくい気がするのは自分だけでしょうか。でも、色々見れて楽しかった。デコンが未だ多かった。


今日は疲れたので1日家を出なかった。作りかけのプラモを作り、本を読んだ。気付くと玄関にCDが届いてる。9月にやる映像のグループ展の音源である。音がテーマであり、だから音楽は非常に重要である。ここからイメージを膨らませて映像を作るわけだけども、困ったことにそれが出てこなかった。MIDIだけどもセンチメンタルな曲である。普段こういう曲は全くと言っていいほど聴かない。こういう曲を映画に使わなかったことがないわけではないが、それは映像ありきであった。では、ここからどうするのか。とりあえず、毎日いろんな場面で聴き続けるしかない。頭の中できっと映像はすでにある。色はある。それをどう、捉えるかだと思う。いい曲だと思った。気に入った。

F91プラモ

写真は作ったプラモ。まずは、組み上げてみた状態。ガンダムF91は子供の頃、最も好きだったガンダムである。今もゲームセンターに行くとこれに乗ることが多い。

暇なのでグーグルのストリートビューてのをやってみる。これ、おそろしいなぁって思った。

2008.08.07 | | Comments(0) | Trackback(0) | 博物館やギャラリー

遠くから猫がみている

国立近代美術館、「カルロ・ザウリ展 イタリア現代陶芸の巨匠」と「建築がうまれるとき ペーター・メルクリと青木淳」に行ってきました。どちらも間もなく終了。

順路的に、まずはカルロ・ザウリの彫刻を。今回の展覧会まで名を知りませんでした。入った直後、本人が岩場に座っている大きな写真があって、それが彼の作品を語っていた気がします。陶器から彫刻へ、時代を追っての展示。流して見ていくつもりが、そうするには魅力的すぎ、特に後半は魅入ってしまいました。大地のうねりのも見える。大きくえぐった形態が連続し、全体が捻りをもった形態になる。その隙間。ポジとネガの中間のような、不思議な領域を感じました。

続いて「建築がうまれるとき」。
青木淳のから先に観ました。ボリュームスタディが100個くらい展示されていました。思考のプロセス順に、大きく20ほどの段階に分かれています。そのプロセスと、次の段階への発展についてコメントがあるのですが、その判断がいちいち適切に進んでいっているように見えました。実際はわからないのですが。うまくいかないと判断したらきっぱりとそれまでのアイデアを切る力。面白そうな小さな点を拾っていく眼。曖昧な粘土がだんだんと形をもってくるような、そんな思考システムを見た気がします。
一方のメリクリはドローイングの展示。青木淳のそれと異なり、一つのプロジェクトについてのドローイングはどれも等価であるように見えます。どれでもありうるような。より曖昧な段階であるのでしょうか。実際の建築物とはかけ離れた色彩がまた魅力。一方、トレーシングペーパーに描かれた図面はドローイングの線とは全く異なり、その直線は構成主義の絵画のよう。
少々あった模型はかなり荒い仕上がり。おそらく、自分の思考がそのまま生まれ、かつそれを確認するためだけの模型。それでこんなに魅力的に映るのだから狡いと思ってしまった。。。
両者とも結局、建築が完成された写真も、より具体的な図面も置かれないままの展覧会。一般的には最終成果物があったほうが見やすいとは思うのですが、それを見せずにプロセスだけで終ったのはよかったと思います。それだけに見慣れない人には何だか分からないものにもなりうるのですが。


ダンシングウォーター

夜、内田繁先生のお招きで先生の事務所へ。先生は今年から所長に就任されたのでそれで学生と交流を持とうと思われたのでしょう。今日がプレゼンだったらしい2年生が多く来ていた。3階のベランダで飲食をしました。内田先生の話は目の前の現実にこまこましていた自分たちの視点を再び遠くまで持っていってくれます。大きな規模で、話は具体的にはなりえないけれども、それだけ次世代に期待されているのかもしれません。


内田繁事務所から

気持ちのいい空間。涼しい風が吹いていました。担任の先生とはどうも上手く話しができないことを再確認。やってみようとは思ったのですがどうもうまくない。

内田繁事務所のパーティ―

むしろ、自分の住宅における行き詰まりはどうしようもない。映像を制作するみたいに、気楽に、肩が楽になれればいいのにと思います。何か、きっとブレークスルーが要るんだな、と感じています。
帰り道、家の近所の野良猫が横道10m先からこちらを見ていました。

2008.08.02 | | Comments(0) | Trackback(0) | 博物館やギャラリー

点、線、面、立体、ボリューム

久々に大学に行ったら、在学当時、ご指導いただいていた先生の研究が売店でポストカードになって売られていた。カラスが信号停止中の車の前にクルミを置き、車にクルミを割らせるという行動の写真。先生はこの分野の第一人者として有名であった。しょうもない、と思いつつ記念に買った自分が一番しょうもなかったりする。


今日、午後、浅草橋へ友人の芝居を観に行く。出演シーンはわずかであったが、その分彼の演技が凝縮されていたように思えた。舞台デザインが面白かった。色々思うところがあった。役者と台本の関係だったり、劇団間のことだったり。今度聞いてみよう。浅い昼寝の夢の後のような、そんな心地で劇場を後にした。

その足で六本木へ向かう。
国立新美術館。「エミリー・ウングワレー」展。ずっと行きたかったのだが、終了前日になってようやく行けた。何も知らずに観ても不思議な魅力がある。一枚一枚に魅き込まれる世界観がある。抽象という言葉でも何か違和感があり、プリミティブというのもまた違う気がする。何重にも重ねられた点と線はあくまで痕跡として、空間を感じさせるものではなく、それゆえ一枚の平面としてパワーがあった。死の数週間前に画風が変わる潜在能力。その面のようになっていった優しい画風が好きだった。
彼女らの文化のパターンをキャンバスに起こすような絵も、それだけで新しい魅力に溢れている。一押しの展覧会だが、明日で終るのが残念である。


夏休みを前に山を越えて、まるでこれまでの生活を取り戻すように美術館、ギャラリーに行ったり、本を読んでいる。週末に図書館で借りた3冊はあっという間に読み終わった。むしろこうしたことのほうが反日常的だったりする。

2008.07.27 | | Comments(0) | Trackback(0) | 博物館やギャラリー

新しい夕日

続いて今日。

元麻布のカイカイキキギャラリーに村上隆ポスター展『マイ・ファースト・アート』シリーズを見に行く。

村上隆は既に多く語られているしそれら以上に語ることも自分には出来ないだろうので、あまり考えないことにしているが、興味がないわけではない。今回はポスターということだったが、印刷に関係するデザイナーには堪らない内容だろうと思われる。
印刷といえばポップアートだが、ウォーホルのモンローを彷彿とさせるように村上隆のキャラクターが色ちがいで並んでいるのは面白かった。ギャラリー含め、楽しい空間になっていた。


続いてギャルリータイセイの2008年住宅建築賞。
新建築住宅特集で見たものもある。金賞のアイロンハウスが一歩抜きん出ている感。手塚貴晴+手塚由比さんの新潟のキョロロと同じコールテン鋼仕上げの住宅である。一度見てみたい。
そしてそのアイロンハウス含め、受賞した作品は全て庭などの外部の取り込み方をテーマの一つにしていたのに気づいた。
そしてそれらの一旦住宅の外部とは距離を置きつつ、囲った内部に住宅内の外部を配置するコートハウス的手法が多かった。
狭いながらも楽しそうな空間。

受賞した作品はみな、断面図がきれいだった。つまり、立体的な構成や配置が面白かった、ということ。

また受賞された建築家には1975年とそのあたりの生まれが多かった気がする。

ほんの一つほど上の世代である。昨夜のこともあるが、自分もそろそろ、就職活動をはじめようか、と思う。

2008.07.24 | | Comments(0) | Trackback(0) | 博物館やギャラリー

さよならを、行きつけの朝に

怒濤の日々は一旦、終りを迎えました。午後、空白の時間があり、打ち上げまでの間、暇してるのも寝てるのももったいないのでbunkamuraで開催中の「青春のロシア・アヴァンギャルド シャガールからマレーヴィチまで」を観に行きました。

ロシア・アバンギャルドはあの時期の運動としてはダダくらいに好きです。ロシアが文化的に世界のトップレベルであった時期だと思います。
展覧会内容はロシア・アバンギャルドというよりはその周辺や前夜がメイン(単にロシア・アバンギャルドだったら展覧会タイトルにシャガールがあるのはおかしいので。シャガールの作品は2、3点)。ロシア・アバンギャルドの作品はマレーヴィチとリシツキ―くらい。あとはタトリンの名前がどっかにあったような。といっても同じくいつものタトリンではなかったですが。

入って最初の作品はカンディンスキー。といってもいつものカンディンスキーではなく、印象派風。バウハウス以前です。
マレーヴィチの作品は多めでしたが、それでもシュプレマティムど真ん中といえるようなのは2点ほど。ただ、展覧会のメインビジュアルになっているようなシュプレマティムへの移行を感じさせる絵は観ててわくわくします。
そういえばシュプレマティム含め、マレーヴィチの絵画って生で観るの今回で2回目くらいかもしれない。好きなんですが、なかなか出会えません。

知らない画家がほとんどで、徹夜明けの眠気がピークを迎えていた自分としてはもはや名前の羅列がロシア文学の登場人物紹介なみに覚えにくいものでした。それでも、1コーナー全部割かれていたピロスマニという画家は何か特別なんだろうなと思わせる雰囲気がありました。絵のモチーフが素朴なんだけど,観るものを掴む不思議さがある。
彼に限らず、ロシアの風土でしょうか、輸入されて入ったキュビスムも、何かを経由してキャンバスに出てくる。その翳りが僕は好きでした。だから、何気ない絵でも、見慣れてる雰囲気とは違うのでちょっと見入ってしまう。

展覧会の最後の2枚は具体表現に戻ったマレーヴィチの自画像と妻の絵。ロシア・アバンギャルドという大きな時代の政治的、文化的終焉を告げるような、そんな悲しさがありました。目玉になるような作品はないものの、(メインビジュアルのマレーヴィチくらい)全体としての雰囲気が面白いものでした。ロシア・アバンギャルドやその周辺に興味があれば非常に楽しめる展覧会です。最後のマレーヴィチの2枚をどう感じるかでも展覧会の印象が変わりますす。シャガール目的だと最初しか楽しめません。それとポストカードが多かったのでマレーヴィチとリシツキー、シャガールを買って楽しみ、また、クリアファイルがあったので買いました。

そんなわけで打ち上げにはちょっと遅刻。1時間ほど遅れてきた先生の話が面白くて帰り道も代々木までご一緒させていただいた。

2008.07.24 | | Comments(0) | Trackback(0) | 博物館やギャラリー

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プロフィール

kiokucoragist

Author:kiokucoragist
東京の某デザイン研究所学生。日記とたま〜に博物館(含ギャラリー)や映画、デザイン全般について書いてます。映画を一年に一本くらい、ヒマみて撮ってます。映画制作中は制作日記になります。

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