一昨日あたりからの頭痛が治らないです。今日は一日中めまいにも悩まされる日々。
明日までの課題もまだ2つ終わらないのにアレです。
何か悪いことしたか・・・もしれない。最近よくないもの食べた・・・かもしれない。
はしかだったらどうしましょう。原宿の若者にも負けじと流行に乗ってることになります。
一人暮らしはこういうときが大変なんだ、と5年前から謳っています。回復する料理食べないといけないのに料理するパワーがない。悪循環です。
でもレトルトカレー食べたらちょっと元気が出ました。
あと10ふ・・・30分したら課題やろうと思います。
そうしたら今度はプリンタのインクが弱まってました。
せっかく新宿でテクスチュアにこだわって紙を選んできたのに・・・。
それどころかプリンタと相性が悪いかもと思って一応一般的なプリント用紙まで買ってきたのに。
でも今日は良くないことだらけだったから、きっと明日は良いことしかないと思います。思いました。
2007.05.30 |
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今日、作品の写真を撮ったついでに、いつも大変お世話になっている木工用ボンドの写真をまじめに撮ってみました。若干傾いているのは気が抜けていたせいです。
2007.05.29 |
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新宿の帰り、中野にふらっと行き。
無印良品でくつを買いました。皮のスリッポン。お安くなってます、のコーナーで安くなってたのに友人からもらったファミリーセールの券でさらにお安く買えました。
久々のオフ。オフとか言うと仕事してる人みたいですね。スローに過ごせてます。
2007.05.27 |
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東京オペラシティーアートセンターで開催中の「藤森建築と路上観察 ─ 第10回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展帰国展」を観てきました。

今まで木しか使ってないイメージだったのですが、実は銅やスタイロなんかも普通に使ってたんですね、藤森さんは。曰く、「私なら建築で大事なのは表面だ、と小さい声で言う」素敵です。
藤森照信さんいいな〜。建築、訪れてみたい。
時代の主流とは違いながらも時代に認められる、ガウディとも通じます。
藤森さんの建築は素材の良さを感じさせます。きっとそれでできた内部空間も充実してることはベネチアビエンナーレのドームからも伝わります。
ベネチアビエンナーレの回顧のあの建物が良かった。内部空間の狭さ、暗さ(それにわずかな漏れる光)が心地よかったです。実測して参考にしたかった。うっかり路上観察学のビデオに見入っちゃいました。副音声のだらだらさが面白かった。
個人的な関心からは「2107年東京計画」は非常に興味深い。海に沈んで折れた東京タワーはインパクト大。どんな気持ちで藤森さんがアレをデザインしたかはわかりませんが、まだ僕は藤森さんほど人類に絶望してません。
この展覧会はサンダルで行きましょう。靴下はおすすめしません。
靴を脱いでござの上のあがります。ござの上は素足が気持ちよかったです。そういえば、これは前の伊東豊雄展と一緒です。体感する展覧会っていいです。そういう意味では昨日から開催した六本木アーツセンターのコルビジエ展も期待です。
あ、あと路上観察学も最高ですよ。ビデオを観ればだいたいわかってしまってその後の展示がスムーズに通っちゃいますが。
同時開催の「こことそこの間」、「須藤由希子展」も観てきました。前者はな〜んか、ほとんどの絵が外国の芸術家の影響(シュルレアリスムやデ・キリコ)が見て取れまして。一部のオブジェや大竹伸朗などの抽象画が足を止めさせました。
後者は個人的な好みもあり、けっこう印象深かったです。絵画か、イラストレーションかてな感じの絵です。須藤由希子さんのページ。藤森さんのパワーの影響でゆっくりは観られなかったのですがとてもいいと思います。鉛筆で描いてるのがほのぼのしてる。でも、僕は絵の構図なんかも好きです。
2007.05.27 |
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土曜の夜、ひとりで学校にいて、このまま帰るのもなんだな、と思ったので映画を観に行くことに。
レイトショー「明日きみがいない」を観てきました。監督はムラーリ・タルリ。これを作り始めたときはまだ19歳だったということとカンヌでの絶賛ということで気になってました。
なんとも重い映画です。ひとりで行きましたが、誰かと行っても映画終了後10分は口を聞けないくらい。途中ちょっと間延び感があったのですが、それすらコントラストのための演出ではないかと思わせるラストシーンの惹き付けられる感じ。カメラワークもラストだけ妙にいきいきとしてました。
映画として音の作りかたは上手いなあと思いました。特に焦点を人から人へ移すときなど。インタビューは必要だったのか不必要だったのか、自然に感じるときとそうでないときがありました。
演出の手法としてはありだと思いました。モノクロになってることも。
頻繁に流れる「ジムノペディ」はもはやこの映画のテーマ曲でしょう。エンドロールも編曲したものでしたし。
象徴する映像が何度も繰り返されてます。しつこいくらいだけど、それが若さを感じさせます。わりかし表現もストレート。内容もストレート。直球だけに、重い。良いか悪いかは判断しかねます。理性的に判断するには、あまりにも心にズンとくる重さ。そんな映画でした。
2007.05.27 |
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雨の日、たぶんこれなら濡れないだろうと思ったクツを履いて学校に行ったら、濡れました。
傘をさして学校に行く。
いつも自転車の道を、歩いて、電車に乗る。
これだけで生活は変わります。もっと言えば、無意識的に気圧の低さは気分に多少なりとも影響するでしょう。あと湿気のせいで髪がきまらない、ってこともありそうです。
つまり、雨の日って私たちはいつもとは違う文化にいるようなものなのだと思います。だけど、晴れの日と同じように生活しようとするから、問題が起こるのです(自転車の傘さし運転など)。
雨の日は日常的ですが、非日常的要素も含んでいます。
それをうまくつなげることが、重要だと思います。例えば、デザインの力によって。
2007.05.26 |
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代官山のヒルサイドテラスにて開催中の「ヨーロッパ・アジア・パシフィック建築の新潮流」に行きました。授業のとき、いきなり先生が「天気がいいから行こう」と言ったので。「こういうのは決めたらすぐに行くのがいいんだよ」の一言にぐっときました。え、課題は?今日中に仕上げる予定では、と思ってたのですが、先生最高です。
プレゼンボードと模型をよく見よう、てなコンセプトだった気がしますが、僕はプロジェクトと会場を見てました(笑)。全部英語だったのですが、読まなくてもまぁ、だいたいは伝わる。英語を読むペースが遅いなと感じました。
入場料の割には面白かったです。模型とボードが必ずしも繋がってる訳ではないようで、多少見にくかったかも。きっとひとりで行ったらまた別な感想だったのでしょうが。知ってるプロジェクトがちょっとあったのは嬉しかった。
こちらの世界にいつつある、ということなので(笑)。それでも、まだまだ知らないことだらけです。
ここは僕にとっては今のところ、まるで当たった金鉱の様で、展覧会に行っても本を読んでもまだまだたくさん感動が出てきます。掘っても掘っても金は尽きないのです。
2007.05.24 |
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まず、
言葉とはパブリックなもので共有です。私的言語がないことが背理です。
そこに、こないだ読んだ本では名前を持つことが最初のパライバシーで、名前を与え、覚えることが所有することである、という矛盾も加えます。例えば、昔の日本では(平安時代あたり?)女の人は男の人に名前を知られることはその人のものになる、ということを示し、結婚相手にしか自分の名前を明かさなかったと言います。
しかし、言葉の共有。そこでは、言葉が記号的に用いられます。数字や本当の記号ならば意味は文脈上、だいたい一種類です。学術的な場面では特にそうで、多様な解釈はほとんど求められません(一部はそういう傾向があるかもしれませんが)。確実に一義的な伝達、コミュニュケーションが期待されるからです。
スポーツなどの限定された場面もそうかもしれません。野球を知っている人ならツーベースヒットという言葉が何を意味するか、共有されるからです。三遊間を抜けるライト前ヒットでも同じでしょう。
ただ、より一般的な言語、例えばリンゴなどはその意味するところが個人差が生じる気がします。文化的背景かもしれないし、リンゴに対する思い出かもしれない。つまり、それが表徴するものが異なる。共有されていると思われるリンゴのイデアは崩れる。
そのイメージの質的個人差の集合が結局プライバシーなんじゃないだろうか、と思いました。プライバシーは空間な見方をされますが、もしかしたら時間という四次元的要素も含んでいるのかもしれません。
ただ、上記で述べたことは表徴と意味を区別して考えていないようです。要因はそれらではなく、もしかしたら状況や場面などの不確定要素を含むものかもしれません。
2007.05.24 |
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たらこキューピーの折り紙。東急ハンズで210円を買って折ってこのように遊んでます。おもに授業中に。
2007.05.23 |
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今日、アマゾンで買った本が届きました。
最近本を読む日が増えています。ジャンプ含め。
DVDもそうなんですが、図書館に行けばあるのに買ってしまいます。最近読んだ本にそれについて書いてありましたが、つまりは所有欲です。実際、そんなんで僕もゴダールのDVDを集めたりしてます。持っているDVDの中で本当に貴重なのは2、3本くらい。
本は買いますが、図書館で借りて読んでもいます。最近は自然となくなりましたが、以前はレンタルでDVDも借りてました。それらは買って所有する本やDVDに比べたら読みたいとか観たいと思ってはいないはずなのですが(もしそう思ってたら買ってるので)。。。でも結局読んだり観たりするのはそれらが先で、買って自分のものにした本やDVDはどうしても後回しになってしまいます。矛盾ですね。
レンタルだと期限があるから、というのは正しいのでしょうが。。。
2007.05.21 |
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午後が授業休講だったので、早めに帰り、昼寝をし、製図をしながら「戦火のかなた」をシネフィルイマジカで観ました。ロベルト・ロッセリーニ監督。これでようやくロッセリーニのネオリアリスモの戦争三部作を制覇しました(「ドイツ零年」「無防備都市」)。
「戦火のかなた」はオムニバス形式。一つの話ではなく、イタリア全土に焦点をあてて、いくつかの話で構成されています。しかし、そのどれもが手法は同じ。ほとんど出演は素人。なのに、なんでこんな素晴らしい映画になるんでしょうか。。。元映画部の名女優Hさんがたくさんいるようです。
手法が同じなので全体的な統一感を感じます。あときっとカメラも同じなんでしょう。
各話の冒頭でのラジオからの音のようなナレーションがまた、全体観を演出するのに一役買っています。それぞれは長過ぎず、短すぎず。だいたい2、30分くらい?
戦争三部作はそれぞれ僕にとって印象的なシーンがあるのですが、今回もありました。大人が皆殺しにされ、その死体の周りを歩き始めたくらいの赤ん坊が泣きながら徘徊しているシーン。
昔見た映画は忘れてしまうこともありますが、そうした印象的なシーンが一つあることでその映画は強くなると思います。また観たい映画です。今度は製図しながらでなく、集中して。
2007.05.18 |
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デジタル一眼レフカメラを買いました。前のデジカメが限界なので。守護神登場。
ISO次第では夜なのに肉眼以上に撮れるので驚きました。
あと今日、原宿駅できっぷ買ってたら外国人のおじさんに話しかけられました。新手の詐欺かと思いましたが考え過ぎでした。「Can you speak English?」と聞かれ、「・・・little」。ほとんど出来てないじゃないか!と自分で突っ込んでしまいました。「I can't speak English」とか「ワタシニホンゴハナセマセ〜ン」と言っているようなものです。
素敵な雰囲気のそのおじさんは千代田線の二重橋前駅に行きたがってるようなのでしたが、それを都営新宿線だと思っていて(黄緑と緑だから?)、都営新宿線乗り場をJR原宿駅だと思っていたようなのでここで「ここできっぷ買うのでいいのかよぉ?」という様子でした。
なので「いやぁ、ここじゃねっス、あそこから降りてって地下鉄に乗ってくれダス、おずさんが行きたい駅は都営新宿線じゃねぐで多分、千代田線でやんす」
みたいなことを英語で言ったつもりです。そうしたら「オレはあの階段をゴーダウンしてきっぷを買うのかい、ボーイ?」という様子だったので「そうでゲス」と言いました。
そうしたら感じのよいそのおじさんは「サンキュー、アリガトー」と言って去っていきました。僕は「ユアウェルカム」と多分言えました。
とりあえず、英語は単語を並べれば通じると思います。ただ、微妙なニュアンスを伝えるのが難しい。「人生はニュアンスだ」という迷言をジャン=ポール・ベルモンドに映画内で言わせたのはゴダールですが、それを痛感しました。世界を飛び回って活躍する建築家やデザイナーは当然として英語ぺらぺらでしょう(こないだNL Architectsの講演に行ったときの渡辺誠さんもそうでした)。いきなりそうまで行かずともとりあえず英語で冗談言えるくらい英語が上手くなりたいでやんす。
2007.05.17 |
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昔のことをよく思い出すと、ゲシュタルト崩壊に至ります。それらは、きっと言語ではなりたっていないからでしょう。で、吉松隆の曲を表面だけ聞き取って、ノスタルジックな気分になったり。感傷とかいう言葉はまだ20代にはふさわしくない。と思う。
今日は授業のために、少し酔っています。今日も、です。香港映画は相変わらず馬鹿らしくて面白い。香港映画とゴダール、両方が2つ同時に僕の中で楽しんでる。
ハリウッドが面白くないのはそれが芸術的ではなく、デザイン的なのだからでしょう。如何に感情を揺さぶるか。表現の問題です。僕はハリウッドにそうしたものは求めない。領域を知るべきだ。ハリウッド映画は映画でなく、もはや経済です。映画は小さな映画や、私たちの映画が映画だったりする。自分の映画も、編集始めないと。
デザインの世界に入ってよく(見せられる)映画が2本。
「2001年宇宙の旅」(特に冒頭部分。)
「ブレードランナー」
僕が講師ならゴダールを見せますが。「ウイークエンド」とか「アワーミュージック」あたり(笑)。それとタルコフスキーでしょうか。「惑星ソラリス」なんかはそのために授業時間全部使ってもいいくらい。他も「アンドレイ・ブルリョフ」「ローラーとバイオリン」がいい。みんな寝てしまいますが(笑)。
2007.05.17 |
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こないだ他人のプレゼンを見てて、身振り手振りが多い人だな、と思ってました。そういう人は、無意識ながらきっと身体と心がとても近いところにあるのでしょう。羨ましい。
僕はと言えば、昔から思ったことや感じたことをその場で口に出すのが苦手です。だからよく訳の分からない人みたいな風に思われます。言葉と感情の間に膜がはってあるような。当然だと思うので、別に自分でもそう思います。きっと僕は話すときもわりとボディランゲージも少なくフラットなのでしょう。自分で見たことはないけれど。随分言葉に頼りすぎた時期もありました。
それでも、僕にも好きな人がいて、その人だけはそんな自分を僕自身が理解する前に理解してたりしてくれます。それが、嬉しい。自分の幼稚さが受け入れられている気がします。すぐに会える距離にはいないのだけど、あまりそれを感じないときもある。
でも、僕は彼女が僕にしてくれるほど、大事にしているだろうか、とも思います。たとえば疲れているときや眠いとき、どうだろうか、と。ほとんどそれを考えるときはいつも後悔なのですが。
1年半前ほど深い考えもできれければ、5年前ほどの感受性もない。積み重ねていくのは深い面白さのみだったりするのかもしれません。偏っているせいで、人が笑わないところも可笑しく感じるようになりました。
2007.05.15 |
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月曜日。退屈な授業中に昨日のノマディック美術館をふと思い出したりするとドキッとします。未だ覚めやらず。まるで夢のようでした。明らかに違う世界。
住宅のイメージをプレゼン。一体感がないと言われました。建物にサヴォワ邸が突っ込んだみたいな、確かにそういわれればそう見える。当たり前になっていたサヴォワ邸が久々にイメージに出てきて、可笑しかった。でも、住宅が2つの顔を持っていたら悪いだろうか、と思いました。何かと何かが合わさったような建築、それってヴェンチューリの言う「二重性(デュアリティ)」とも繋がらないでしょうか。授業時間がすぎててみんな帰りたそうだったので反論しなかったけれども、本当は2つの顔を持った理由はちゃんとあったのです。
でも、実際の現場を想定して、先生を施主と考えたら意見を取り入れるのがいいと思いました。どうせ変更するつもりのイメージスケッチでしたし。
先週は学校の課題に縛られっぱなしで大変でした。学校メインの生活はできればあまりしたくない。学校は色々活動しているうちの一つでいい。今年からそう思うようになりました。
2007.05.14 |
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前も写真を載せたことがあるのですが、新宿の山手通りの高速道路工事中の様子。前よりも工事が進行しているのがわかります。
実に迫力があって、それを表現したいので構成的な写真にするよう工夫して撮りました。
こういう写真を撮ると先生は喜ぶと思われます。
ただ、僕が撮りたいのは必ずしもこういう写真だけじゃなくて、個人的な感情ゆえに撮ったような、インスタントカメラで撮ってある観光地の思い出のような、そんなのだったりします。
2007.05.13 |
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ようやく課題が一段落したところでデジカメが壊れました。起動時にほぼ毎回、日時設定をしなければいけなくなりました。いい機会なので買い替えを検討中。
で、課題が一段落したのでやっと本が読める時間がとれるようになりました。いずれもまだ途中です。
「原っぱと遊園地」著:青木淳
まだ冒頭。ようやく原っぱと遊園地の概念を理解しようとしたところから少しすすんだところ。
「表徴の帝国」著:ロラン・バルト
真っ向から読むと読みやすいが、きっと深くまでは読めない。なので、解説から読み始めました。解説は、難解。その分充実はしてます。他のバルトの本を読む必要があるかもしれない。
「アドルフ・ロース」SD選書
「装飾は罪悪である」というデザイン、建築界にとって有名すぎる言葉を残したロースについての本。建築家としてのロースの顔が見えてくるよう。
「過防備都市」著:五十嵐太郎
そういえばロッセリーニの戦争三部作だと「戦火のかなた」だけまだ観てない。というわけタイトルは「無防備都市」から。近年の日本の凶悪事件とそれに対してのセキュリティについて具体例がたくさん載っている。視点を変えて都市を見てみることが学べる。都市を考える人から、単体の建築家、また、それ以外の人でも面白いはず。
その他、過去1年以内にいつの間にか続きを読んでない本が多数。。。このうち何冊読破できるのか。最後の「過防備都市」は本当に面白いです。専門知識がなくても読めるし、日本に住んでいる人なら誰にとっても興味深いはず。文庫なので安く買えます。まあ、まだ読み切ってもいないんですが。
2007.05.11 |
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法政大学にて「NL Architects」の講演があるということで、急ながら行ってきました。開場18時で30分から開始、会場に僕が着いたのが18時15分くらいで、座れるかな、と思ってましたが、難なく前の方(本人の後ろ)に座れました。
大学生が多くいたようです。建築関係以外も。
話は終止プロジェクトについて。大学側がいちいちパワーポイントで「次へ」をクリックしているのがださかった。講演の途中からは渡辺誠先生が通訳になってそこから僕はほとんど英語には耳を傾けなくなりました。深い話はなかったけれど、ある建築グループの建築を図面以上に理解する、ということは非常に影響を受けます、しかも良い建築なのだから。
ところで、彼らが現在設計中の「groninger forum」の図書館のシステム、「せんだいメディアテーク」の古谷誠章さんのアイデアと一緒です。当時はシステムが技術的に困難だった、という話も聞いたのですが。。。。「groninger forum」は施行開始が4年後だそうですが、テクノロジーの進歩を感じます。
2007.05.11 |
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ギャラリー間で開催中の「アトリエ・ワン展 いきいきとした空間の実践」に行ってきました。前から行きたかったのですが、どうしても都合が付かず、今週末までなので課題に無理をかけつつ今日行った、という感じです。
やはり行ってよかった。住宅はちょうど課題が始まったところなので彼らの考え方とか、いい刺激になりました。図録欲しかったけれども。まぁ、いずれ買うでしょう。図面が読めるようになると、建築の展覧会の楽しみは増します。アトリエ・ワンのネーミングが好きです。アニ・ハウスとか、ガエ・ハウスとか。アトリエ・ワンのワンは1じゃなくて犬の鳴き声のワンだということもこないだ知りました。
この展覧会のために空間が一つ、デザインされて(人形劇用でしたが、日時が合わず)生の空間の面白さというのも再認識できます。それこそがいきいきとした空間なのでしょうが。それと、こういう建築家の活動が本当にデザイン的だとも思いました。デザインと建築は学問的に離れている以上に近いと感じました。
最近は本を読む時間もろくにとれませんが(作れないのもまた能力)、展覧会一つ行くことは本1冊読むのと同じくらい勉強になると思います。
2007.05.10 |
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授業に使う写真を撮りに六本木をうろちょろしてました。
天気は雨。しかし、六本木っていつ来ても飽きない。東京に出てきて一番行ってる街です。
今日は新美術館からミッドタウンに行って、最後に六本木ヒルズという六本木黄金コース。
写真中心だからあんまり遊んではいないのですが、
21_21の「チョコレート展」に行きました。デザインのプロセスというか、連想というか、そんなものを感じる展覧会でした。でも、面白いと思ったのは実はあんまりなく。例えば、カカオなどの原料までちゃんとリサーチしているような、(マイク・エーブルソン+清水友理やジェームズ・モリソン)そういう作品が良かったと思いました。それに比べたら表面的なものが多すぎる気がしました。チョコレートとほとんど関係なく、むしろ自分の創作発表の場にしてしまったような作品もあったように思えます。
それにしてもこの建築は何度来ても楽しいです。
それとミッドタウン内のデザインハブで今日まで開催していた「Good Design Good Life - 日本のデザイン」に行きました。ミッドタワーは入るのに緊張します。
プロダクトがほとんどでしたが、面白かったです。数は少ないけれど、素敵なデザインばっかりでした。ただ並べてるだけでも目の保養になります。

写真はミッドタウン内のエレベーターの開閉ボタン。多少冗長です。

六本木ヒルズにて。吉岡徳仁さんの「雨に消える椅子」。今日が雨で良かったと思った瞬間でした。雨に消えてました。
反対側の「ISSEY MIYAKE」に「奈良美智×滝沢直己」で「山の上に月」というドレスが展示されています。展示は9日までのよう。スニーカーが雨で濡れてたので店内に入るのが躊躇われ、外から写真を撮っただけでした。そういえばイッセイは今春から藤原大にデザイナーが変わりました。でも全体的な雰囲気はそんな変わってない気もしました(外から見ただけですが)。
2007.05.07 |
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寝る前に、うとうとしながら、ぼげ〜と考え事をしていると、色々考えが浮かんでくるんですが。
たま〜に、デザインなり映画なり、創造的なのがやってきます。
それで、ちょっと夢中になるとそれを頭の中で反復してみたり、煮詰めたり、掘り下げるなりしてしまうのです。
すると、興奮してしまって眠れない夜がときどきあります。次の日は午前からだったりも平気でするのですが、なかなか収まらない。楽しくなってしまうんでしょうか。身体は疲れているのに。暗闇で眼鏡もはずして、視界がないから妄想しやすいのだと思います。そうして思いついたアイデアは翌日覚えているのが半分、覚えてないのが半分。さらに、覚えていてもこれはないな、というのも半分。だいたいが睡眠不足になるだけ無駄です。
誰にでもあることだろうとは思いますが(むしろあってほしい)、もしかすると躁なのかもしれません(笑)
同じようなことが例えば撮影の前夜などにも起こります。妄想というか、そっちは明日はどう撮ろうか、どうすすめようか、って感じで楽しくなるんです。遠足と一緒です。
無理に寝たいときは呼吸を遅く深くするのが僕には一番のよう。気づいたら寝ているからちょっともったいなく感じます。自律訓練法もよいと思いますが、覚えるまでが面倒だし、気づくと別の考え事をしてます。ちょっとでもできるようになると楽しいのですが。大学の授業で習ったときはうさんくさく思った人は出来ないと言われました。宗教じゃないのに・・・(笑)。
2007.05.06 |
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携帯電話が突然ボタン操作ができなくなったため、修理に出しました。
それで、修理の間、代替機を借りることになったのですが、デカイ。折りたたみ式なんて何年も持ってないから、驚きました。これ、電話なんだ、ってくらいに。最初のFOMAくらいの衝撃。
そして、見た目が好きじゃないです。開いたときの姿もプロポーションがう〜ん、て感じでマヌケに感じられます。持っていて恥ずかしいと思いました。
こう考えると、自分たちの生活ってのは自分の好みでまとめられているな、と思います。携帯電話を買うときだって、当たり前ですが気に入らないのを買う人はいない。どんなものでも、無意識的にモノを買うときって選んでます。なかなか強制的に持たさせる、というものはないです。特に、自分に近づけば近づくほど。携帯電話なんてまさにそう。自分に四六時中くっついているものだから、買うときって選びますよね(会社などで持たされるのはまた別としても)。
そういった趣味嗜好って、結局は文化なのかもしれません。服を選ぶのも、家を建てるのも何を食べるかというのも。そういったものってなるべく自分好みにしたい。でも、服を一着ずつ作ってもらったり、食事も栽培から調理まで管理するのは大変。だから、既製品を選ぶことになります。
でも、せめて高い買い物だけは唯一のものがいい。つまり、家。自分(もしくは自分と家族)だけに合う家って世の中に一軒しかありません。売っているのを買う家は誰にでも合うように作られているけれども、きっとどこかで買った人の個性が解消しきれていないはず。自分だけの家は買うのではなく、建てる。
自分で建てられるならそれでもいいし、図面を描けるならそれを工務店に直接持っていくとか、あるいは建築家に依頼をする。そうしてできた自分だけの家は他人が住む場合は住みづらいかもしれないけど、少なくとも施主にとってだけは他のどんな家よりも快適だと思います。
というわけで住宅設計、承ります、あと4年後以降(笑)。
2007.05.03 |
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昨日、映画の撮影を敢行しました。何とか一日でクランクアップ。見所は、川原のあとに部室で撮った首吊りのシーン(笑)。
で、今日は一人で20分ほど音を撮りにまた川原に行きました。こないだの記事に書いたとおり、けっこう伐採されています。昨日はひどい有様でした。それはそれで、地獄のような映像になってある意味ありだったのですが。
それと、ラストシーンに向かって徐々に空間が変化していくはずが、ラストシーンでいきなりダイナミックに変化することになりました。どちらがいいかはこれからの編集次第になるんですが。
それでも、いい映像になったとは思います。これで映画がダメだったら、きっと編集がダメだったんだということだろう、ってくらいに。公開は秋に一回、来冬に一回ですかね。
それにしても、川原の草木を伐採する理由がわからない。残っていた木には番号のついたシールが貼られていて、まるで受刑者です。刈った後は荒涼として、何もない。本来、川原に草木がたくさん生えているってことは水害への対策にもなるはず。確かに、十分なくらいの堤防はあるけれども。
ただ、草木の自然の力でなく、堤防に頼るという時点で仙台もやはり近代都市。自然を征服して人工の力で、という考えが根底にあるということをきれいに示してくれた一件でした。そんなので仙台には「杜の都」を名乗って資格はないです。都市の力で支配した自然に自然を感じるはずがない。本当は仙台が考えている以上に都市と自然の共存ってのは困難で、ただ、今はもうそれが解決できない時代じゃないと僕は思っています。現に、それができている都市もあるのだから。それはきっと考え方の問題です。考え方を変えるのにデザインの力はすごく有効だと思います。一般的な狭義のデザインでなくて。
2007.05.01 |
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