再生紙と地球環境

気持ち悪い。
自分を冷静に俯瞰。
いい歳して子供みたいなだなぁとおもいました。
2007.06.30 | | Comments(2) | Trackback(0) | 雑記
29.97でしたね、デジタルは。間違い。
学校にて。DAN FLAVINの作品のような写真を撮りました。
今日、授業中にだらだらと夏の予定を友人らと会話。
今夏は西へ行こう、と漠然には前から決めていて、帰宅後少し考えてみました。
上手くやれば鈍行で東京から1日で博多まで行けそう。そこから、ゆっくりと東京まで帰って来るプランを考えました。1週間くらいそんな感じでふらついていたい。何も考えず、いや、色々考えつつ。道連れは岩波文庫やSD選書がいい。荷物は少ない方がかっこいいですね。カメラとスケッチブックは必需としても。
午後の授業は久々に寝てしまった。面白そうだったのに。
2007.06.30 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記
課題で渋谷の音をサンプリングしました。
当然うるさい。いつも僕らはこの中に生きている訳です。
人間の能力って素晴らしい。
音、特に環境音は視覚に比べたら無意識的ですが重要です。ゴダールの言うソニマージュです。
僕も映画を作るときは常に映像:音=1:1として考えています。
つまり、音に対して無意識的すぎると僕の映画は半分しか理解できないのです。
言い過ぎました。ハッタリです。どちらかと言えば大事なのは全体性だと思います。
もしも映画の面白さが質でなく、量であるならば無声映画は音のある映画の半分しか面白くないし、白黒映画はカラー映画の、全色数/グレースケールの色数しか面白くないということになってしまいます。だから、それらを包括した上での全体性が重要なのです。
2007.06.28 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記

ピラミッドは数あれど、そのうち最も有名なクフ王のピラミッド。
なぜ5000年も崩れないか、実はすでに崩れた形をしているのだ、と以前先生が言ってました。
つまり、何かを崩したときに自然になる形の状態である、と。ためしに砂を一点に落とし続けてみると、きれいなゆるい円錐ができあがります。その角度が安定した形なのです。
その形をグループ課題で建築の屋根に応用しようとしてます。写真は砂で上記の円錐を作り、それに石膏のついた布をかぶせて屋根の型をとっているところです。巨大建築(50分の1模型)ですが、これだとかかる力が自然に流れるのでかなりスパン(柱と柱の間の距離)が跳ばせるのではないでしょうか。
さらに、このシェルターみたいなのを一部水面に浮かばせられないかとも考えています。
2007.06.27 | | Comments(0) | Trackback(0) | 建築
一昨日提出したコンペのせいで学校の課題はまったくでして、昨日今日は今日の課題のためにもうアレでした。
で、今から明日の課題をやるわけです。金曜日も大きいのがあるんだよな〜。
コンペは明らかにダメそうなので出した瞬間に忘れました。で、次のことを考えはじめました。
こんな世界に生まれなければ良かった、が本人の責任というならば、世界の責任も当然重い。むしろ、世界のほうが悪い。そんなことを考えた。ルドフスキーの「建築家なしの建築」を昨日読み終え(見終え?)、久々に「論理哲学論考」を読み出しています。今度こそ、理解できるだろうか。。。
2007.06.26 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記


こないだ、学校にて。
校舎の奥まで映り込んだ影(エレベーターホール)。ルーパーによって影が分断され、曖昧な像となっています。
学校の反対側の道路にトラックが停まっていて、ちょうど太陽光が最適な位置でトラックのアルミ部分で反射を起こして強い光を学校に射し込んでいたのでした。
2007.06.24 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記

「キャンドルナイト」というイベントがありまして、実は今夜だったのですが、表参道にて。学校のスタッフとして参加していました。
趣旨は、表参道のでんきを今夜だけ消して、ロウソクの明かりでのんびりとした時間を過ごしませんか、てな感じのエコなイベント。さすがに、表参道全部の明かりを消すのは困難なので、協賛してくれたとこのみになっちゃうのですが。
照明デザイナーの面出薫さんがヘッドで、深澤直人さんに講評として来ていただきました。
うちの学校の展示の周りにも通りすがりの人たちが集まってくれました。
雨上がりにも関わらず、けっこうな人出で、イベントとしては大成功でないでしょうか。
「エコ」がテーマでして、素材などで色々苦戦した分、かえって良いものができた気がします。
うちの学校はプラ段で作ったケースに、キャンドルを入れ、中に高分子ポリマーという水を吸収する小さな球(水を吸った後でビー玉ほどの大きさになる)を敷き詰めています。
それで映る光が僕は非常に美しかったと思います。
この高分子ポリマーにくいつく人がかなりいて、それも成功だったのでは。今夜限りだったのがもったいない。
帰り道。前から撮りたかった写真です。表参道。偶然、キャメロン・ディアス(ソフトバンクショップ)とオードリー・ヘップバーン(何かのクラブ)の広告が隣り合わせになってます。
2007.06.23 | | Comments(0) | Trackback(0) | デザイン
大学生のはじめの頃、東京に遊びにきたときに代官山で買ったソファベンチを捨てることにしました。
右も左もわからず、何となく一人で迷い込んだ代官山で見つけた緑色のやつ。
あの頃はイームズやパントンに夢中だったくせに、そんな中で買ったアノニマスなもの。
思い出せないけど、当時はやはり魅力的だったのでしょう。
価格は2万円ちょっとだったか。
店員さんが仙台まで1000円で配送してくれた。
「けっこう皆さん見ていかれるんですよ〜」てなことを言っていた。
もう何年も使ってると、さすがにぼろくなります。
小さな穴が空いてるし構造体の金属はひん曲がってる。
座ってるとぱらぱらと粉が下に落ちてたまに掃除しないと大変です。
なので、最近はもうすっかり荷物置き場になってます。
でも、杉並区のHPから粗大ゴミの申し込みをして、長年使ってきたそれに目をやると、
やはり切なくなりました。
う〜ん、まいった。誰かもらってくれないだろうか。しかし、こんなぼろいもの。はっきり言ってもう持ち主以外に魅力的に見えるはずはないです。
困った。ぼろぼろなのに、機能としてはだいぶ不便なのに、よく見える。
どんなデザイナーの力でも生み出せない、この状況。
そしてこれになると、他のどんな良いデザインもほとんど負ける。
不可能なことですが、これを普遍的に操作できるデザインがあるとするならばそれは恐るべきデザインと言えるでしょう。
2007.06.18 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記
学校の机でにつっぷして寝ていたら、寝たまま一年がたった、
という夢を見ました。
みんな3年生になっているのに自分だけ今のまま。
何か、見慣れたはずの光景が違ってて、信じられなかった。
それにしても、夢の中でも寝ているなんて。。。
のび太みたいだ、と思いました。
2007.06.17 | | Comments(2) | Trackback(0) | 雑記
めぷりさんからいただきました。テーマは「映画」。
せっかくいただいたのだから、久々に本気で書きましょう。めぷりさんと同様、読んで気持ちのいい文章は書けません。だって僕はきっと映画を愛していないから(笑)。
1.最近思う【映画】
最近・・・昔ほど観てないなぁ。とりあえず最近の映画は技術が進歩したわりに、かえってそのせいで、と思ったりします。表現に苦労しないからでしょうか。昔の人はもっと表現に苦労したはず。そういう意味では前衛的なのが少なくなった。
チラシなんかでうたっていることと、内容が違うんじゃないかと思うことも多い。
ん、もしかして、最近の映画でなくて最近映画について思うこと?勘違い?
最近、まぁ、どうでもいいけど思ったこと。映画というのは視覚と聴覚の感覚です。それらと他の感覚の違うことはその2つは波であって、その他の感覚は直接的な接触のある感覚(嗅覚にしろ粒子です)。そういうわけでヌーヴェル・ヴァーグって偶然ながらも上手いことを言ったなぁと思いました。
2.こんな【映画】に感動!!!
とりあえず感動させようとして作ったものには感動しません。
映画で感動・・・。最近ないです。映画って必ず感動させるものでもないしね。
素っ気ないのとか、淡々としているのとか、起承転結のない映画とか、そういうのに感動するかもしれません。
その中でぽつんと出た一言や、仕草なんか。
3.直感的な【映画】
僕の中で直感的といえばゴダール。理論的に構築してあるのに直感的にがつんと来る表現(たまに眠いが)。理解の困難ささえ心地よい。
あとイラン映画は直感的なのが多い気もする。キアロスタミとか。あまり多くを語らない。これが直感的な映画の条件でしょうか。あるいは、ゴダールみたいに語りすぎるとか(笑)。
いずれにしろ、表現手法が問題。直感的にくる表現はやはりある程度前衛である必要がある。
あとは重さではドキュメンタリー。
4.好きな【映画】
僕なんかはわりと邦画よりも洋画シネフィルイマジカな文化だったりするのです。
好きな映画なんて数えきれません。というわけでめぷりさんと同様、ここ数年で。
(ゴダール除く)
「変態村」
「麦の穂をゆらす風」
「明日へのチケット」
「太陽」
・・・何観たか覚えていない。。。むしろここ1年くらいに固まってしまいました。やべえ。
5.こんな【映画】は嫌だ
めぷりさんと同意見。漫画の実写映画。
漫画を映画化するととりあえず観に来る人はいるんだろうね。売れるからやる、みたいな気分を感じます。観に行った人で(僕は絶対行かないので)原作より面白いって言葉を聞いたことがない。
あとお金を必要以上にかけている映画。かかったお金が話題になる映画。
さっきと同じで、感動を押し付けてくる映画。。。
とりあえず、好きな映画より嫌いな映画の方が多い。だから僕は映画を愛してないんです。
6.もし【映画】がなかったら?
映画みたいなものを妄想すると思う。どこまでが映画といえるかわからないけど。
写真を1秒につき24コマで撮れないかな、とか(笑)。それに音つけられないかな、とか。
で、まぁ、無理そうだな、とかいう結論に至って中途半端な妄想のまま終了。
映像を撮れる機械だけはあったとしても映画は考えないと思います。
演劇を撮っても元の演劇以上にはならない、と狭い考えをしたり、あるいはビデオアートとか、そっちのほうに興味を持つのでしょう。
映画。。。特に回したい人がいない。やはり映画関係の人と付き合いがなくなったからです。書きたい人はどうぞ。
2007.06.17 | | Comments(0) | Trackback(0) | 映画
昨日買ったライヒの「18人〜」、かなり素敵です。
今日、ちょっと図書館で調べものしてて、ミニマルアートの本を観てて、久々にミニマルアートいいなと思いました。
でも、ミニマルアートとミニマルミュージック、構造こそ似ていながら、与えてくれる感動は全く違う気がします。
デザインと芸術くらい差がある気がします。
2007.06.17 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記
午前の授業は外に出て調査でした。暑かったので30分でくたばりました。
なので開店直後のタワレコへ。
スティーブライヒの「18人のための音楽」を購入。
その後、猛暑の中、調査したりカフェでくたばったり。
午後の授業は偉い人が38人のクラスのためだけに講演にきてくれました。
授業後、その人を囲んで数人が会話。
それを、近くで友人らと雑誌を読みながら盗聴。
本当によい建築かどうかはその空間を2回体験してみないとわからない、とのこと。
放課後、友人と学校内でばったり。青山見本帖に行くそうなので一緒に行きました。
紙のサンプル2冊分と気に入った紙を6枚ほど購入。
その後、青山ブックセンターへ。本を2冊ほど買って帰る。
帰り道、新宿に大勝軒を見つけたのでつけめんをいただいてお腹いっぱいです。
今日はちょいとお金を使いすぎました。
旅に行きたい、のでちょっと節約しよう。
2007.06.15 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記
今日の講評で先生が音について「試しに学校から渋谷駅まで、マイクで歩きながら録音してごらん・・・普段意識してなかった音というものが・・・」
というような話をして、僕は去年撮った映画を思い出しました。

起承転結のない映画。たしか、手紙のような映画を撮りたくて撮った気がします。
その一部で音を取り扱ってました。映像と音は特別な意味を持たない限り、1:1の関係がいい。そう思います。音のない古典映画ですら、音を感じさせてくれることがあります。
視覚優位の強い現代生活の中、他の感覚にどっぷりと浸かっているときは何ともいえない心地です。例えば、夜、外の雨の音だけを聴く。と同時に窓から冷たい空気を風呂上がりの熱くなった身体に浴びる。土のにおい。柔らかいソファに身体を預ける。
それらの感覚は言葉に表しづらい。感覚の中で、我々が他人と一番共有できる感覚情報はきっと視覚でしょう。そして、以前書いたことがあったのですが、言葉もまた、誰のものでもなく共有されているものだからです。
撮影が終わって、そのうち編集に入る次の映画は、そういう意味で共有されづらい映画にしたい。僕の映画なんていつもそうだ、と言われたらそうなのですが。今回の映画を撮ろうとしたのはほとんど理屈でなかったのですから。
2007.06.14 | | Comments(0) | Trackback(0) | 映画
土曜日に提出のレポートのこともあり、hhstyle.comについて考えました。多少レポートの内容とかぶるのですが(これがレポートの本題ではないですが)。
hhstyle.comはデザイナーの家具ではもはや定番になりました。vitra.をはじめとした多くのメーカーの家具を取り扱っています。
ふと思ったのですが、デザインミュージアムがどうのこうの言われる中で、椅子などをコレクションする美術館は少なくて、富山近代美術館とか、その程度でしかなくて日本におけるどうのこうの。。。と言われる中で、実はhhstyle.comはデザインミュージアム的な存在であるのではないでしょうか。
少なくとも現行品に置いては。こないだ行ったときは特別展(笑)で安藤忠雄さん、妹島和世さん、片山正通さんがイームズのアームシェルチェアにペインティングしたものがありました。
美しいもので、しかも展示も美しくディスプレイされたその空間は美術館に行ったときと同じ感動を与えてくれます。
ここ何ヶ月かは僕も個人的にずっと欲しいロナン&エルワン・ブルレックの「Algue」を多用した空間デザインが印象的です。人工物とは思えない有機的なデザインがよいです。
初めてhhstyle.comに行ったのは大学1、2年のとき。東京に遊びにきて絶対行こう、と決めて行ったのを覚えてます。記念にイームズのDVDを買ったのも覚えてます。
あの頃からラインナップは多少変動してますが(価格も)、hhstyle.comは未だ行くたびに僕を楽しませてくれます。
2007.06.13 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記
7匹。
今日帰り道であったネコの数。
いつもよりはちょっと多いですが、ウチの近所はだいたいこんなで、外に出るとネコに会わない日の方がありません。元々は捨て猫が増えたのでしょうか、エサをあげる人もいるようで、神経が図太いやつだとそばを自転車で通っても動じません。目を合わせると合わせたままです。カメラを向けてもその場から逃げたりしません。
去年ここに来たから近所付き合いなどもほとんどないのですが、ネコによって近所と何かを共有している、そんな気にもなります。だから、帰り道で、近所の公園まで来るとほっとします。
僕の中での「うち」の意識がその辺まで広がっている、とも言えます。
公園まで来ると、温度がそれまでよりぐっと下がります。多分、木が多いからでしょう。自転車で温まった身体をクールダウンする、そのことも「うち」の意識に影響を与えているのかもしれません。
家の中。音楽を流さず、窓を開けたままにしておく。そうすると、東京23区内だというのにほんとに静かです。もしかすると、実家くらい。この辺りの住宅地の建て方にもよるのですが。カーテンが風ですれる(僕のウチのカーテンは紙に近い素材)音がします。遠くを自動車が走ってる。どこかの家がシャワーを使っている。ネコがいちゃいちゃしてる(笑)。音がなくなる。
だから、ときどきこの住宅街を走るバイクの音がひどく暴力的に聞こえます。
一時は引っ越しを考えたときもありましたが、改めていい環境だなと感じます。住むことを想定したときに環境っていかに大事か、と感じさせられます。住宅なんて内部空間より環境との関わり方のほうが重要なんじゃないかとも思わせられる瞬間です。本当はどちらも同じくらい大切なんでしょうが。
2007.06.12 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記
北野武監督「監督・ばんざい!」を観てきました。ばっちりと評判はわかれてて、妙に気になったので行きました。
ブルース・リーが敵と鏡が張ってある部屋で闘う映画があります。攻撃したとしても、実は鏡だった、という。それで観客を驚かせます。まさにこの映画はその場面。鏡張りの映画です。像がいくつにも反射する。
映画を撮る映画です。それだけなら単純ですが、その映画の中でさらに映画が始まったりします。そういうわけで、鏡張りなのです。
わけがわからない、と評する人のうちの一部はこうした映画の中の映画、もしくは映画の中の映画の映画を映画として観てしまう点にあると思います。実際、ちゃんと観れるように撮っているから危ない。
でも、それは結局は鏡に映った虚像のようなものです。鏡張りの映画の中に置かれた鏡を映ったものでなく、鏡として認識できるかどうかで評価はものすごく変わります。
映画の中に散らされた虚像(ちなみに虚像を悪い意味としては使っていません、あくまで映った虚像)をしっかり観ると、こんなのありか、というような場面変化においてけぼりをくらったような気になります。実際、僕もそうなりました。きちんとのめり込むように作られています。カメラワークもしっかりしている。でも、その後、置いてかれます。映画の中に現実と虚像が入り組んでます。
後半になるほど、表現は大胆になっていきます。北野武監督は意識したかどうかはわかりませんが、コラージュとシュルレアリスム的手法(無関係なものの配置:デペイズマンだっけ?)がふんだんに使われています。またその辺りで置いてけぼりを食らう人が出てきます、きっと。
表現も前衛的、というのかどうかはわからないけども、なかなか見ない表現方法を使っています。
映画としてみるならかなりいけてます。少なくとも、後悔はしません。
ただ、映画の中の映画に夢中になりすぎないように気をつけないといけません。
映画の中の北野武は常に自身の人形とともにあって、ときには人形が本人の身代わりをします。これはこの映画を観る上で一つの重要なポイントです。いったい、人形は意味するのか、と考えながら観るのもまた面白い。
映画は必ずストーリーがあるものだ、もしくはストーリーが重要だと考える人にはすすめられません。
それと、やはり所々で笑える映画です。井手らっきょが面白い。小ネタもあります。なかなか気づかれない小ネタなので一つばらしますと、映画の冒頭で人形がMRIにかけられます。そのときに、スキャン映像になるのですが、患者名が「YASUJIRO OZU」になってたり、「AKIRA KUROSAWA」とか、日本映画の監督の名前になってます(笑)。なかなか気づきませんが。時間があればもう一回観に行きたい。一回観て全部理解できたとは思えません。同時に上映される「素晴らしき休日」もよいです。
2007.06.11 | | Comments(0) | Trackback(0) | 映画
課外授業で行きました。団体料金で入りました。感想は面倒なので授業のレポート用に書いた途中段階の下書きコピペです。下書きなのでわかりにくくても許せ、と思います。
アカデミックな分野では近代以降、学問は自然と細分化が行われてきた。それは、結果として、自分の専門分野には著しく強いが、他の分野、時には隣の研究室でさえどのような研究が行われているのかさえ全く知らないでいる、という状況を生み出した。これは、現代ではレオナルド・ダ・ヴィンチのような多くの分野にわたって才能をもった人物は決して現れ得ないということを意味する。
しかし、異なる分野を組み合わせることは新しい発見や驚きをもたらす。たとえそれが偶然の産物だとしても。今回の「SKIN+BONES」展はまさにその組み合わせだろう。時代の流れが偶然そうなったのか、中には意識された作品もあったが、ファッションと建築、一見全く違うジャンルの2つは例えば「人を(空間を)包む」点で共通している。展覧会に集められた作品は、それ自体が持つ意味と、2つの分野の共通点という、この展覧会によって加えられた新しい価値と、2つの視点を我々に与える。何かを掛け合わせるときに「1+1>2」(あるいはこれとほぼ同義の)という表現はしばしば見られるが、2つの分野の共通点によってもたらされる価値とはまさにこのことだろう。
そうしたわけで、複数の価値を持つ作品群で気に入った作品を一つだけ選ぶのは難しい。どんなに厳選しても、どうしても私の心に残る作品が2つある。
まず一つはテス・ギバーソンのファッション「<構造1>コレクション2003-04年 秋冬」。これは、ファッション自体というよりも、インスタレーション的なファッションショーが気に入った。モデルが服を脱いでいく。それを木にかけていくとやがて一つのシェルターができる。これは、単に服がシェルターの膜になる、という驚きだけではなく、プライベートな空間についても考えさせられる。
服で出来たシェルターは観衆の目からは遮られたプライベートな場である(ショーではあるが)。パブリックな場よりも、当然、プライベートな場のほうがリラックスしている。そうしたことと、服を脱ぐ→くつろぐ、という行為の連想が見事にマッチしていた。しかも、服を一枚ずつ脱いでいくことで徐々にプライベートな状況になっていくのに対し、服をかけることで出来る空間もそれに対応して少しずつできていく、という連続性がよかった。解説によると、このショーはテス・ギバーソンの原風景が影響しているらしい。確かに、自分の場合を振り返ってみてもそうだが、子供時代に作った秘密基地などは誰にも知られたくない、最も強い、最初のプライベートな空間である。
もう一つがヴィクター&ロルフのファッションショー「<非物質性ばんざい>、または<ブルースクリーン>コレクション 2002-03年秋冬」。服の一部はどこか青い。もしくは、服全体が青。それによってクロマキーがなされ、映像では服の青い部分には他の映像が断片的に映る。映る映像は自然の映像や都会の映像、様々である。このショーは映像の編集が緻密であったために、実際のファッションショーよりも本展覧会で見る映像のほうが楽しめると思われる。直接建築とは関わりはないが、しかし、建築的な時代の風潮の一部とは合致する。つまり、ある映像(イマージュ)に他のイマージュを同時に存在させることは透明であるということであり、建築においてはLouis Vuittonの店舗でよく見かけるモアレ効果を生むファサードと同義である。
(写真は工事中の仙台のルイヴィトン、現在は完成)
展示内容はどれも刺激的です。上の2つは特に本当に厳選したもので、それ以外の作品もどれもが面白いものです。建築では伊東豊雄と坂茂が多かったです。これで400円(学生団体料金)なんて。この展覧会、僕は絶賛します。建築とファッションの人は行かなきゃダメ。それ以外の人も行って十分面白い、そう思います。
ちなみにこの展覧会の半券を持ってると渋谷で公開中の映画、「スケッチ オブ フランク・ゲーリー」がちょっと安くなります。また、映画を先に観て、その半券を持ってるとこの展覧会にちょっと安く入れます。しかし、半券を持ってると、と書きましたが持ってるだけではダメでチケットを買うときに見せなければならないと思われます。
2007.06.08 | | Comments(0) | Trackback(0) | 博物館やギャラリー
ギャラリー間にて。「アルヴァロ・シザの建築」。
会場は模型、ボード、スケッチにての構成。普通の展覧会よりもスケッチが多い気がしました。それだけ、彼のドローイングはいいんでしょう。何かいてるかわからないものもありましたが。でも、そういうのってほんと最初のアイデア出しのときだけ。
ギャラリー間は2つのフロアとそれをつなぐ中庭(階段)でなってまして、だいたい2つのフロアは展示方法が違ってたりすることが多いんですが、今回はほとんど同じでした。
ただ、上のフロアではインタビュービデオが流れていて、時間があったので全部観ました。インタビューなのにカメラワークが犯罪級のぐだぐだな映像を見せられ(だまってりゃいいのにインタビュー中に勝手にズーム始めたり、左右にぶれたり)、ちょいと観ててつらいとこがありましたが、インタビュー内容は素晴らしいものでした。展示内容よりもこちらの方が勉強になるのでは、てくらい。
それと、中庭にあったなんだかわからないものたち。
多分、触っていいんですよね?と思って触ってみた。美しい触感のコンクリートと木。コンクリートなんて、石なのに柔らかささえ感じました。あ、これが彼のディティールなんだ、と感じました。あと何故か鉄骨も置いてました(笑)。
2007.06.07 | | Comments(0) | Trackback(1) | 博物館やギャラリー
今日は授業で新美術館に行きました。昨日からの「SKIN+BONES 」展。校外見学の多い授業って素敵だと思いました。
午後からだったのでその前にギャラリー間の「アルヴァロ・シザの建築」を観る。
解散後、ミッドタウンに寄る。デザインハブで開催中の「日本のグラフィックデザイン:ジャグダ1981〜2006」を観て、
FujiXeroxArtSpaceの「エド・ルーシェのエフェメラ」を観て
FUJIFILM SQUAREの「ヤン・アルテュス=ベルトラン写真展 空から見た地球」を観て、
とらやに寄って帰りました。
新美術館後は足が疲れてたのと、夢中になってぽわ〜っとした気分だったのであまり集中してみれませんでした。でも、どちらも面白かったです。気づくと開催中のミッドタウンの展覧会を全制覇。だからどうした、って感じですが。
ギャラリー間と「SKIN+BONES」は別記事で感想を書きます。
デザインハブの「日本のグラフィックデザイン:ジャグダ1981〜2006」。感想かけるほどしっかり観てなくて申し訳ないくらいです、映像観てないし。でも楽しめた。画面の構成などよりは、デザインの発想を観てました。
「エド・ルーシェのエフェメラ」。疲れてたから?正直あまりぱっときませんでした。ポップアートだったらリキテンシュタインやウォーホルのほうがいいと思わせられ、作品によってはちょっとシュルレアリスム的要素が入ってたり。
同じく、ミッドタウン内「ヤン・アルテュス=ベルトラン写真展 空から見た地球」。何を撮りたかったのか、写真の意図が簡単に伝わってくるいい写真でした。ポスターだけ見ると軽いようにも受け取れますが、実際はそれだけじゃない。本気で観たらグローバリゼーションとか、環境問題とか、そういったことを考えさせてくれるはずだったのでしょうが、やはり新美術館で消耗してたので気に入ったポストカードを買って終了。
とらやの和菓子はうまいす。
2007.06.07 | | Comments(0) | Trackback(1) | 雑記
最近、六本木が最高潮です。
明日、授業で新国立美術館の「スキン&ボーンズ展」を観に行くのですが(授業で行かなかったら初日の今日行ってました)、個人的にその前にちょいとギャラリー間によって「アルヴァロ・シザの建築」を観てこようとも思っています。ギャラ間は平日しか行けないので一緒に行ってくれる人が欲しいと常々思います。
コルビュジエ展も森美術館で開催中。まさに、建築祭ですね。

そんな中、僕は東京ミッドタウンに行くといつも「とらや」に寄ります。ちょうど3月あたりからの個人的な和菓子ブームに伴い、タイミングよくミッドタウンがオープンしたもので。とらやに行くときはだいたいひとりなので、羊羹や季節の和菓子を買ってミッドタウン内で食べてしまいます。中学校の頃だったか、羊羹にだいぶはまった時期がありました。とらやの羊羹はバリエーションが素敵で好きです。あと店舗がおしゃれです。壁(?)に和を感じます。当然、暖簾にも。
2007.06.06 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記
いつも自転車に乗っているから感じるのですが、たまにある車のナンバーを隠して走る自動車、法的にも問題ですが、あれって顔隠しながら歩いているのと同じだなぁ、と。
現代日本のプライバシー意識ってのは異常じゃないかと思います。同じことが家の塀にも当てはまる気がします。日本の伝統的な住宅はそもそも個室がなく、プライバシーという概念すら存在が疑わしかったくらいです。戦後、本格的に西洋化する中でそれを上手く日本の中に溶け込ませることができなかったのでしょうか。もともと日本は外国の文化を取り入れつつ消化してきた歴史があります。その途中が今ならいいのですが、そういったプライバシーに関する意識は固定されてしまった感があります。
プライバシーを過度に意識する状況は防犯に対する意識とも関連すると思います。防犯カメラの過剰と思えるほどの設置などは都市に住む人は慣れたかもしれませんが、初めての人は異常に感じるはず。そういった防犯への依存が結局、家と外部を塀で仕切るようなことになるのでしょう。壁というのは、以前読んだ本にもあったのですが、拒絶すると言う意味では実に暴力的です。
単純に解放すればいいというわけじゃないと思いますが社会のプライバシーに対する意識が革命的に変化することが起きなければこのままの状態って続くと思います。地道には変わりがたいほど、今の日本はプライバシーについて神経質になりすぎているような気がします。個人的には人口減少が何か新しい変化をもたらすようにも感じますが。だとしても数十年後のこと。
2007.06.05 | | Comments(0) | Trackback(0) | 考えごと:都市
昨日、最終日だった「Exit to Safety ─ デザインにできること 展」を観にAXISギャラリーに行ってきました。
なかなか前評判が良かったし、非日常と日常を近づける、というコンセプトも楽しみでした。
入ったら靴を脱いでください、というのは聞いてませんでした。その前に暗闇を通り抜けるってのもなるほど、って思いました。ま、通っても通んなくても同じなんですが(笑)。
靴を脱いで足の裏に起伏を感じさせるのは楽しかった。実際に大地震などが起きたらそれとは比べ物にならないくらいの歩きにくさにはなるんでしょうが、それでも、地震が起きたら普段と感覚が違う、ということを感じさせるには十分だった気がします。
展示内容も、個々の差はあれ、一つのコンセプトでみんな作られているから見る人に伝わるものがあります。ピクトグラムも素敵でした。
多少グッズも売られていて好感度アップ。小さい会場ながら、内容はとても詰まっている良い展覧会でした。
2007.06.04 | | Comments(0) | Trackback(0) | 博物館やギャラリー
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Author:kiokucoragist
東京の某デザイン研究所学生。日記とたま〜に博物館(含ギャラリー)や映画、デザイン全般について書いてます。映画を一年に一本くらい、ヒマみて撮ってます。映画制作中は制作日記になります。
記事中の写真はご自由に転用して結構です。その際、コメント欄などに一言、使用目的なども加え明記していただけると幸いです。また、希望をいただければ大きいサイズ(約1.5MB)もお送りします。