おとといの徹夜の後、住宅のプレゼンが終わりました。
妙な疲労。打ち上げ。眠気。。。
明け方、久々にGAの住宅特集を取り出して読んでみる。
その後、カーンの全住宅集を読んでみる。
何かが違いました。洞察が深くなった、とかではなく(まだ言葉に出てきてはいません)。住宅に対する視点が変わった、というくらいでは足りない。新しさではなく、あえて言うなら「再」という感覚。でもそれを前から知っていた訳ではなかった。たぶんそれは自分のだけでなく、他のクラスメイトのプレゼンとそれへの講評のほうが原因として大きい気がします。
世の中なんて、言葉じゃ物足りないことなんて多すぎるくらい。
昼間は未読だったクリチバに関する本を読み始めました。
夕方前に学校行って、夜帰宅。
2007.07.31 |
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まず製図中に切れました(集中が)。

写真は4年前のモエレ沼公園。開放的な気分を求めてます。
明日提出の課題、先週からいきなり作品を変えてみました。そのことは先生も知らないので先生がどんな顔になるのか。
だからどちらかと言えば製図とかよりも重要なのはプレゼンなのでしょう。
脱構築主義的な感じになりました。何故こうなったのか、というより何故突然変えたのか、その辺を中心にプレゼンするのが良い気がします。形態がかなり跳んでるのでそれをきちんと説明できないとただ珍奇なだけになってしまいます。図よりも言葉で伝えよう。言葉なので具体的に。曖昧にせず。印象的に。
2007.07.30 |
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世の中にたくさん出回ってる様々なA級映画が愛を語るより、ゴダールが語った愛のほうが僕には重かったりします。愛とはある一定の社会形式を除いて言われない限りは他人は決して気づかない、例えばそんなものであったら美しいなぁと思いました。
というわけで今日は「愛の世紀」。またも爆音です。
僕は映画館の開始前は薄暗く、静かで小さな声が遠くから聞こえてくる僅かな時間も楽しみに行ってるのですが、今回はそんなこともなく、ライブ用スピーカーでこじゃれたロックが流れてました。
またこれもよかった。ライブの前みたいで。
この映画は観たのは二回目。けっこう中身を忘れてました。印象的な映像は断片的に残ってましたが。
愛についての映画。歴史、国家についての映画。また、映画についての映画。そんな感じです。
儚い場面が印象的。エドガーが結局諦めたり、「鏡の中の鏡」について話しておきながら流さなかったり。
ゴダールが初めて使ったというデジタルの映像は実に鮮やか。エフェクトも誰でもできるものを巧みに使いこなしていると思いました。訓練した人にしか使いこなせない技術でつまらない映像を観るのとは全く違います。
それと、映画の前半である現在がモノクロで後半の2年前去が鮮やかなカラー映像。これは現在よりも過去のほうがリアルであることを表現しているのでしょう。
これは推測ですが過去と結び付いているのはエドガーで、映画中何度か出てくる印象的なセリフ、『前向きに生きようとする人は〜 そうでない人は過去とむすびつく、例えば老人がそうだ』があたるのではないか、と感じました。実際、エドガーは友人に『大人になろうとする唯一の人』と評されます。
まぁ、そう感じただけで、僕が映画を論じてもほとんど意味はないでしょう。
ラストシーンが好みです。『かくて私の物語はおわる』から『一つの企画がある〜 言ってはいないのだ』。
現在と過去をつないで終わるように思えました。
2007.07.27 |
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課題で夜明けを迎えたのは久々です。

色々写真データ探してたら、こんなのが。というかこないだのレポートで発掘した写真なんですが。銀座、首都高と歩道橋が、近いです。たしか、中銀のカプセルタワービルあたり。
2007.07.26 |
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吉祥寺のバウスシアターでのレイトショーで「フォーエバー・モーツァルト」を観てきました。
今回は通常の映画用でなく、ライブ用スピーカーによる爆音での上映。課題集中のこの時期ですが、構わず行きました。
ゴダールといえばソニマージュ。つまり、音。それを爆音にするのは非常に有意味と思えます。
実際、ゴダールの音の使い方に改めて感心することになりました。
それにしても、「フォーエバー・モーツァルト」は若い。同じゴダールならば「ウイークエンド」にも似ています。表現方法が面白い。
成熟したヌーヴェル・ヴァーグ、という言葉では可笑しいだろうか、とふと思いました。
この映画にはゴダールの映画に対する態度(あえて愛とは言いません)が要所要所に見られます。
その他引用含め、全ての発言を理解するのは専門家やマニアでなければ困難ですが楽しめないわけではない。それもまたゴダールの魅力。
個人的に、久々に観たので懐かしさと、また新しい考えを見つけたり、その2つが入り混じった妙な気にもなりました。
2007.07.24 |
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amazonなどを利用してウェブで本を買うことが多くなりました。
理由はなかなか本屋に行く暇がないこと。また、買う本が決まっている、ということもあります。
本屋に行っての偶然の出会いはなくなりましたが。やはりウェブで新刊案内なんかを見るよりも実在として本がそこにある感覚の方が分かりやすいのです。
ただ、相対的な情報量はやはりウェブが多い。amazonのおすすめなども、建築系の良い本を探すにはたまには嬉しい情報源だったりします。古本などは安く買えますし、絶版本もあったりするのもウェブの強み。僕がよく利用するのが「日本の古本屋」。最近リニューアルして、検索でもない本は全国の登録してある本屋に直接メールで一斉に問い合わせてくれるシステムもユーザー側には心強い。
それで、絶版本の篠原一男「続住宅論」を入手しました。前述のシステムで問い合わせたところ、一軒の本屋さんから返事がありまして。そこから直接メールのやりとりを経て、たまたま神保町だったことから本日直接買いにいってきましたわけです。勿論定価以下なわけはなかったのですが、ウェブで見る限りで日本で1冊だけ残ってた訳で嬉しく思ったのでした。
これってウェブと直接本屋に行くのと、その中間だなぁと思いました。
ウェブで本を買えるのは便利だけど、だからといって神保町のような古書街が無くなるような直接の原因にはならないだろう、と思います。ちょうど、国際化が地域性を消し去るわけではないのと同様に。
青木淳の「原っぱと遊園地」読み終わる。この人の住宅論は本当に揺さぶられた。篠原一男「住宅論」二回目、読み始める。同時に「続住宅論」を読み始める。敢えて同時に読むことで篠原一男の全体像がつかめるのではと思った。それに「住宅論」は二度目なので混乱もなく読めると感じた。夏休みは篠原一男の著書を中心に読む予定。
2007.07.24 |
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今日、授業で、とある照明ショールームに見学に行きました。
照明のレクチャーはまあ、勉強になりました。
そのショールームは照明だけでなく家具もありました。
家具、一見デザイナーのものかと思ったのですが、妙な感じがしました。
イサムノグチのテーブルが安っぽく見える。おかしい。
よく見ると、どうやら、置いてある著名デザイナーの家具はほとんどがコピー品のようでした。
たぶん、そういうのに対する制度がないからだと思いますが、僕に言わせればコピー品は偽物です。
いくら本物を忠実に再現しようが質の悪さは誤魔化せない。
例えばル・コルビジエの椅子はカッシーナだけが生産してほしい。
そこにあったそれらの椅子の革もなんかマットすぎるテクスチュア。
それをあたかも本物のように堂々と売っている根性が好きになれませんでした(こそこそ売ってても嫌ですが)。
デザイナーの気分になって考えてみてほしい。
自分のデザインが安っぽく変えられて売られていたらどうでしょう。僕なら我慢できません。
先生は時間のあるときにゆっくり来るといいとか言ってましたが、二度と行かないだろうなと思います。
2007.07.20 |
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今日は色々とダメな日でした。自分で自爆するくらいなら勝手にしてろ、って感じですが、他人に迷惑をかけてしまいました。その後のこともあり、尾を引きそう。。。
レポートを一気に書き上げるつもりでしたが、どうやら進められそうもないです。そういうときは寝てしまった方がいいとのアドバイスもその通りだと思ったので、明日早起きすることにして、寝ます。ほんとすいません。

2007.07.19 |
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こんな言い方をすると変な人に思われそうですが、ポストモダンが好きです。
ポストモダンにかわいらしさを感じます。
ポストモダンの特徴として、モダニズムに反抗した地域性の復活のテーマ、よって表現上の差異を求めた結果としての構造と表現の分離があると思います。
その表現過剰のため、それらを美しい、とは言えないと思う人が多いでしょう。僕もそんな美しいとは思いません。でも、その構造と表現の分離が行き過ぎて失敗した感がなんとも無邪気で可愛らしい。
それと、地域性の復活をテーマとしながら、結局時代の波には逆らえず、社会はどんどん均質化していった。均質化に対しての反抗が極端な位置まで行ってしまった、それでも時代の流れには敵わない。その無力さもまたかわいいじゃないですか。
真っ先に取り壊しが決まりそうなポストモダン建築。確かに、負の時代だったのかもしれませんが、そんな時代があったことは事実なのだから、時代に埋めてしまわず残してほしい。ある意味では僕は記念碑的なものを望んでいるのかもしれません。
2007.07.16 |
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CSで放送していたので観ました。
なんか、映画としてどうこうよりも中身にくいついちゃいました。それだけ惹き付ける映画だといえばそうなんですが。テーマが身近です。ファーストフードの問題は日本でも確実に。それどころか、日本こそスーパーサイズ化している気がします。マクドナルドではメガマックとマックフルーリーが発売されるようになりました。
最近の自分の食生活よくないなぁと思いつつ観てました。反省しよう。あ、映画の主旨にはまってる。
何か、見終わってスッキリする映画ではなかったですが(体調が悪化していく映画だし)、監督自身が被験者だけに伝わる映画でした。本当に食生活なんとかしよう。
映画の導入部分であるオープニングが小気味よい編集でした。
あとちょっと小腹が空いてたので逆効果でマックを食べたくなってしまいました。
2007.07.16 |
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今日は1日、休日にすることに。吉祥寺行きました。古本屋でマン・レイなんかが載ってる1920年から40年代の写真美術館の図録を購入。
で、本当の目的は映画。「ルネッサンス」を観てきました。以前に予告編を観て気になってたフランスのアニメーションです。
特徴的なのが画面が白黒なこと。モノクロじゃなくて白黒なんです。色を2色に限定した面白さや美しさはよく伝わりました。
監督自身も言ってるとおり、押井守の影響が。というかかなり押井守ふうの映画。今まで押井守をそんなたくさん見たことがない僕でも感じたくらいだから、極端な場合、人によってはパクりだとすら思うかも。
映像だけに惹き付けられた感じ。オープニングやロゴはかっこよかった。内容、個人的には納得いかない部分多少あり。(俺に近づいた奴は死んでいく、て台詞とか)。
ハッピーエンドじゃなかったのがせめてもの救い。押井守のアニメーションが観たくなりました。
こういったSF映画ってデザイン的には未来の都市を描いてるから都市像や建築が興味深いです。
2007.07.15 |
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今日まで渋谷のBunkamuraで上映してました「スケッチ・オブ・フランク・ゲーリー」。間に合いました。監督はシドニー・ポラック。あ、誕生日同じだ。
フランク・ゲーリー見たさで行きました。ドキュメンタリーってのはある程度疲れてるとどうしても眠くなります。一緒に行ったうちの一人が映画前の予告編で既に寝ててのび太みたいだと思いました。
ビルバオの街並とその建物の隙間から見えるグッゲンハイム美術館の映像にドキッとして、この風景を見るためだけにビルバオに行きたいと思いました。雨粒がしたたるゲーリーの建築も素敵。工事中の映像もなければいけないものでした。癌患者のためのマギー・センターにやられました。
映画の構成としては割とオーソドックス。でも、ゲーリーに興味あって行く訳だから、十分面白かったです。インタビューの中で良かったのが必ずしも賞賛するものばかりではなく、たまにですが批判もあったこと。真実さが伝わります。実際、構造を重視する人がゲーリーの建築をハリボテというのもわからなくはありませんが。ゲーリーの人柄や事務所の空気もよく伝わります。意外とかわいいおじいさんなんだな、と。
伝わる、ということがドキュメンタリー映画では重要です。その点では良い映画だったのではないでしょうか。あと音楽が好みでした。
2007.07.14 |
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今日は映画を2本観ました。1本は授業中。テレク・ジャーマンの「ヴィトゲンシュタイン」。
僕はこの人、「BLUE」をふと観てしまってから嫌いです。独りよがりな印象。「ヴィトゲンシュタイン」。ライティングが独特で、映画というよりは舞台にした方がいいんじゃないかと思います。
そういうわけで、僕にはこの映画もダメでした。良かった点はそういえばヴィトゲンシュタインってWが頭文字だった、というのを再確認した程度。
たぶん、大学で哲学を本気で勉強してる人がこの映画を観たら相当けなすと思います。
実際、僕でさえこいつヴィトゲンシュタインわかってんのか、って感じました。学生に独我論ふっかけるヴィトゲンシュタインなんか見たくない!それと、ラッセルや他の哲学学生がヴィトゲンシュタインを引き立たせるために頭悪いように演出されているのが気に食わない。
その後の先生のレクチャーで、先生もヴィトゲンシュタインを誤解するどころか正反対のことを言ってて、これでいいのか、って思いました。
どうでもいいけど、「私の哲学」とか人生の教訓のようなことを言って「哲学」というのが軽い気がしてあまり好きじゃないです。
2007.07.14 |
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前期の授業がもうすぐ終了します。調子のいいのは(思うように出来ているのは)進路希望する「住宅」ではなく「店舗」と「家具」だったりします。やはり調子のいい方が楽しいです。いつの間にか学校に残る日はほぼ毎日に。夕食は必然的に外食。せめて夏休みはきちんと作りたいです。健康とお金のためにも。
最近は美術館やギャラリ−にも全く行けないので休日、一気にまとめていってしまいたい。
もちろん、疲れますが、本当に素晴らしい作品なら疲れた身体に関係なく感動させてくれるはず!!と無理なことを考えながら行こうと思います。
「続・街並みの美学」を読み終わる。明日提出の読書レポートに間に合った。冊数は達しているから間に合わなくても良かったのだけれども。ちょっと関係ない本を読みすぎました。
明日からは読みかけの「原っぱと遊園地」(青木淳)を再開する予定。
2007.07.13 |
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今読書中の本(続・街並みの美学)、人のこと言える立場でもないですが時々筆者の日本語が稚拙。それと、前著からですが、古典主義的なところを感じます。
ただ、近代以降の日本の都市づくりは僕も好きじゃないです。生じた問題を賢くない方法で解決して、結局新しい問題を生んでいる、それでいて元の問題もあまり変わってなかったりする。そう思います。
例えば、歩道橋。歩行者を一時的に上に押し上げることで交通問題は少しは解決したかもしれませんが、その分歩行者に階段上下の負担を強いる。強い車が優先であることを象徴するものだと思います。しかも、結局それはユニバーサルではないから、横断歩道と歩行者用信号は残ったままのところもある。元の問題が解決していない。
例えば、駅前の喫煙スペース。歩行喫煙をなくすつもりかもしれませんが、減っているようには思えません。そして喫煙スペースの周囲は囲いも何もないからその周りを歩くだけで受動喫煙になります。さらに、そこには缶やペットボトルが散らかって汚い景観ができてしまいました。
問題は一人一人の意識でもあるのですが、デザインでどうにか出来ることもある。なぜならデザインは人の心にまで働きかけるものだから。主に交通の面からですが、去年の今頃にそんなことをぼや〜と考え始め、2,3ヶ月後には卒業制作にしたい、との構想が生まれました。
時々それについて書いていこうと思います。文章化するのは考えをまとめるのには最適ですので。
蛇足で、曖昧ながらも都市の理論、考察から単体建築へ演繹することもできるだろう、とここ数ヶ月思ってます。
2007.07.11 |
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去年、パリで買ったダダの映像を集めたDVD、その名も「DADACINEMA」。
フランスの方式に対応してなかったのですが、そういえばMac、と思って今日、初めて観てみました。
とりあえずマン・レイの「LE RETOUR A LA RAISON」(「理性への回帰」てな感じの意味でしょうか)を観てみました。フランス語を打てないのでアクサンテーギュとかは勘弁。3分ほどの映像。
レイヨグラフをアニメーションの原理で動画にした映像。釘のシルエットが。。。
続いて、巻いた紙や奥行きのある格子や遊園地のメリーゴーランドやヌードの女性がクルクル回ってました。
で、終了。全く意味不明。←一応、褒めてます。けっこう好きです。
やはりダダってすごいと思いました。影がきれいでした。
2007.07.10 |
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昨日、仙台にて。昔住んでた辺り。いいところに住んでた。

予備校時代の先生の個展に行きました。

会場はせんだいメディアテーク。この画面に収まりきらない大きな絵は5m×18m。圧倒されます。
関係ないのですが、最近僕の中で「ビッグネス」という言葉がブームです。
単にスケールアウトしたもの、あるいは小さな身体で大きな力の某ディーゼル的発想のものを指します。
その後、映画部時代の友人らと公園でだらだら飲酒したり(一人缶1本)、アンケートについて語り合ったり、実のない時間を過ごしました。実のない話って何て素晴らしいのだろう。
昨日、「普通のデザイン」を読み終わる。
今日から「続街並みの美学」を読み始める。前の著で僕が疑問に思ったり、反論したかったところはこの本ではどうなっているだろうか。
2007.07.10 |
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ヴィトゲンシュタイン「論考」を一応読み終わる。より深い理解のための再読に向けたきっかけにはなりました。
昨日、内田先生からサインを頂いて購入した「普通のデザイン」を読み始めました。
既知のことながら、いざ読む気になって本をめくると、表紙の次のページにある僕の名前と先生の名前が記されているサインが心にひっかかりました。
つまり、サインをされたことによって、本の『様々な読者に向けたものである』、という事実が『僕だけに向けた手紙的な』特定の存在に感じられたのでした。
そうなるとやはり読むモチベーションは上がりますし、理解も変わりそうです。
2007.07.07 |
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桑沢デザイン研究所にて明日から開催します「内田繁 DANCING WATERーミラノ’07作品展」のオープニングパーティーがあり、本日出席しました。
出席というかお邪魔というか。。。学生が多く、パーティーと言っても大人びた感じはあまりなく。
友人らとずっとワインと料理片手に素晴らしい空間の中でしゃべっていた、という感じでした。
途中で音楽の演奏などもあり、素敵な時間を過ごしました。
空間がよいからか、とても良い感じでした。パーティー、という雰囲気は別にしても、こういう空間を提供できることはいいことだろうなぁ。提供できるように、なりたい。

内田先生(講義をもってらっしゃるので先生、と呼んでます)は色々なデザインを見せてくれ、言われなければとても同じデザイナーとは思えない作品もあります。そういった変幻自在さ、憧れます。
2007.07.07 |
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そういえば自分にプレゼントを買い忘れていたので、今日は炎天下の中、授業で外に放り出されたこともあり、休憩という逃避行がてら、タワレコに行ってきました。ポイント2倍でした。
自分へのプレゼントということで、CDを2枚購入。
「LAMENTATE」アルヴォ・ペルト。ECMから。2002年の曲で、2005年の録音。まだ一度しか聴いてませんが、よい。ペルトは僕が多分最も好きな作曲家。「鏡の中の鏡」から聴き始めましたが、その他の曲も好きです。曲に特定の空間を感じます。映像がある、とも言えると思います。
「交響的序曲・双龍交遊之舞 他」須賀田礒太郎。初めて聞く作曲家。戦争中に疎開先で亡くなった人のようで、20世紀末に作品が見つけられた、とのこと。試聴してやられました。試聴コーナーのレビューにもあるとおり、まさに軍艦のような曲。ただ、それを感じつつ、どこか、僕には日本的なもろさを連想させました。それと全く知らない当時の日本のイメージを喚起させたり。
去年は確かメガネだったか。額は安くなりましたが、かまり満足のいくプレゼントで何より。
こないだまで停滞ぎみだった音楽が最近増えました。
2007.07.06 |
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