とりあえず映画の編集が終りました。またさらに手直しするかもしれませんが。 完成後、ぱぱっとダイジェスト版も作ってみました。 それを初めてユーチューブにアップしてみました。 1分強です。実際は18分を超えました。完成したのに達成感はなく。 なんか、浮かない気分になりました。 18分は面倒でも1分なら観てやってもいいと思えるなら観てもらえると嬉しいです。ペコリ。
2008.02.29 |
| Comments(2) | Trackback(0) | 自主制作映画制作日記
生活にようやく時間ができ、大掃除も今日終りまして。今からやることは自主制作映画の編集です。 17分の映画。これ以上延びるかもしれませんが、短くはならないと思います。作った僕が観ながら寝てしまったほど退屈な作品です。以前テレビサイズで公開したのですが、一回もチェックする暇なく出したためカット割やテンポがぐだぐだの状態でした。今振り返るとカメラもいまいちなのですが、そこはなんとか最低限見れる状態までには仕上げたいです。パッチワークのような作業です。 「La mort」。「死」という意味のフランス語です。ロケ地を初めて見た時、「天国とはもしかしたらこういうところなのかもしれない」と感じたのがきっかけです。 それと、前の前の作品あたりからなのですが、僕は映像と音を1:1の割合で用いています。普通は音は映像に付随するようなものなのですが。音楽は使用したとしても(使用するかどうかは未定)、環境音と同程度の扱いです。 また、逆説的に映像と音の不一致を盛り込んでいます。理由は様々なのですがその一つとして、それぞれの存在(特に隠れがちな音)を明確にするため、というものがあります。 修辞的な言葉を使えば、「映像と音のシュルレアリスム的配置」とでもいいましょうか。 内容については多くを語らないでおきます。もしもこれが最後の作品になってもそれでもいいくらいの作品にすることが目標です。ちなみに、公開は未定です。
2008.02.27 |
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僕のmacのiphotoには約8000枚の写真が入っています。中には課題のために撮ったものもあるから、それを除けば7000枚くらいでしょうか。一番最初は2003年の3月ですから、かれこれ5年前になります。京都に遊びにいった写真で、次は2003年の9月までありません。北海道に行って、モエレ沼公園などを見て回っています。 写真を見ると、その時のことを思い出すことが出来ます。でも、写真に残ってない瞬間は?2003年以前の僕はどうだったのでしょうか。2003年3月に京都に行ったのはいいとして、1月は何をしていたか、全く思い出せません。 デジカメの記録は記憶のようなものです。それは、思い出すためのツールになっています。僕はデジカメを使わないと何も覚えていないような性質なのかもしれません。 デジカメを持つ以前の記憶は曖昧なままです。曖昧なままの方がよいのかもしれないし、はっきりと思い出せることはまた素敵なことかもしれません。今はそれがわかりません。それ次第ではもしかすると、子供の成長記録、なんてホームビデオほど有害なものはないかもしれませんね。 あと一つはそうして記録された年月というものが、必ずしも人間の身体の感覚と一致しないこと。北海道に旅行に行ったのは覚えています。でも、2003年9月というのは写真でないと思い出せません。西暦とは人間の都合で機械的にカウントされているものだからこそ、逆説的に人間の自然のスケールには合わないものなのかもしれません。 昨日からちょいちょいちょっとだけ真面目ぶっています。もともとこれは裏ブログでして、月に一度二度しか更新しないものだったのが、いつの間にか表をやめてこちらに統一してました。だから、これの初めのほうの記事 はとにかく長文で真面目臭いんです。今はそういったものをまたやってもいいんじゃないか、と、頭が回らないなりの本音を残してみようと思っています。 写真はデジカメを持ち始めた頃に撮った朝の函館駅、をデジタル加工。
2008.02.26 |
| Comments(0) | Trackback(0) | 考えごと:饒舌
東京ガス主催の講演会、「SUMIKA 〜プリミティブな暮らし」に行ってきました。 これは会場の津田ホールの隣、東京体育館。津田ホールと同じく、槙文彦の設計。 今日の講演会はまずメンバーが豪華です。主催が伊東豊雄、それに藤森照信、西沢大良、藤本壮介。プリミティブな暮らしということから実際に伊東豊雄以外の3人は住宅を設計し、伊東豊雄は統括するパヴィリオンを設計し、11月に宇都宮にできるようです。伊東豊雄が住宅を設計しないのは正解だと思いました(篠原一男に住宅に社会批評性はないと言い切ってしまった本人だから)。東京ガスということと、プリミティブということからまず連想されるのが火です。これはオール電化に対する東京ガスなりの態度なんでしょうね。 実際、火をテーマとしたのは藤森照信くらい。洞窟とそこでの火、ということがテーマとなっている設計でした。中心に九間の居間があるのですが、九間の話は以前SD選書で「九間論」を読んでいるのでそこから引用したのだなと思えました。藤森さんは話が非常に面白い。さすが路上観察など変なことをやってただけあって、会場は笑いが絶えませんでした。 続いて西沢大良。友人が今オープンデスクに行っていて、この模型を作らされたと言ってました。ワンルームの平屋で、テーマは屋根と光。半透明の屋根(一部は透明)で太陽光によって自然の生活ができるだろうとのこと。構造が面白かった。後で藤本壮介に言われてたことですが、人に合わせた住宅ではなく(機能主義)、人に作用してそこから人がリアクションする住宅の面白さが取り入れられているというのはいいと思いました。その最も顕著な住宅は篠原一男、上原通りの住宅だと個人的には考えています。ただあの住宅の魅力はそれだけではないですが。 最後に藤本壮介。2mのキューブを並べ、重ね。その内部だけでなく外部でも生活が行われる住宅です。藤本壮介は非常にコンセプチュアルな人だと確信しました。3月下旬に作品集が出るらしいですが、その内容が作品集というよりはコンセプトブックに近い、とのことはそれが的確に表されています。講演会の最後にはコンセプトありきではなく、それを発見していく作業のことを話していて、ほう、なるほど、そういう方法もありか、と思いました。 第2部は4人がプリミティブについてディスカッション。ディスカッション、というよりは談話に近い様子で、しばしば会場は笑いに包まれました。木のこと、柱のことなど興味深いテーマに自然となっていき、プリミティブという概念からは脱線していったのが良かったです。印象深いのは常に藤森さんで、菊竹清訓を伊東豊雄の前で言語障害よばわりしたり、20世紀の建築論は自然については否定もしなかったが、触れてもいなかった、という話が面白かったです。西沢さんがちょっと浮いてて、まるで自分ちかのようにくつろいだ姿勢してたり、やたら水飲んだり、時計をちらちら気にしてたのが性格なんだろうな、と思って見てました。 4人がエプロン姿で料理している写真もあったりして、最高の講演会でした。 ためになったのでこれからの自分に多少なりとも影響があるでしょう。ちょっと似たようなことを考えていた節もありますし。しばらくかけて消化して身にしたいです。 これはお土産にもらったガス燈型USBメモリ。128MB。この気遣いは嬉しいですね。司会者が「ガスに関するプリミティブなお土産を用意してあります」と言ってましたが、ガス燈はプリミティブではないだろうと思いました。
2008.02.26 |
| Comments(0) | Trackback(0) | 建築
スパムが多いのでコメントを承認制にさせていただきます。 といってもスパムや明らかな中傷、誹謗以外は原則掲載します。 なので、申し訳ないですが、コメントをいただいた後に掲載されるまで多少タイムラグがあります。不便をおかけしますがご了承ください。<(_ _)>
2008.02.25 |
| Comments(0) | Trackback(0) | 挨拶
最近、ふと高校あたりのことを思い出すことがあります。 おそらく、きっかけは妹が推薦で高校合格した、というニュースでしょう(僕とは同じ高校でないけれど)。 思い出す、といっても具体的なイベントや人や物事ではなく、イメージとして。 すごく曖昧なまま。どこにもピントが合っていない写真のような。 一枚の画像のようなものとしてあります。 ではそのイメージは一体何か、といわれてもわからない。 そこから生じた感情や印象かもしれません。それが当時と重なっている、ということ。 でもおそらくそれも正しくない。 それはたぶん、当時の自分が生で感じていた感情ではなく自分の中の記憶として再構成された、多少ノスタルジックな甘く変容したものなのだと思います。なぜなら高校の頃なんて、多感なものだから一つの感情や印象に統合できるほど緩やかな生活を送ってはいないからです。とすればやはり時間によって変化したそれの現在、もしくはある地点からの当時とは変わった見方によるものというのが妥当でしょう。 すごく遠い。昔のようなのだから、記憶の引き出しすら錆び付いてなかなか動かないものです。ただ、甘い記憶、むしろ印象として残っているけれど、当時の自分がそんなものだけで構成されたわけはないです。むしろ、そういうことのほうが少なく、あの頃は楽しかったっていう後々の感情の方が影響を与えているのだと思います。 そういえることは今自分は幸せなんでしょうか。そういえば「幸せ」とか「愛」とかいう言葉は苦手です。口にもほとんど出さない。嫌いということではないですが。自分がそれを言うのは何となく似合わないし、相応しくないという抵抗が無意識にあると思います。そこまで自分のことを見れている人間とも思えません。破綻した人生といってもいいようなものを送っているくらいです。 自意識(自信過剰、などの意味でなくてね)は年を追うごとに高まっているようにも思えます。きっとそれは世界(現象学的意味における)に対する知識が深まるのと相関しています。2年前ならそれは自己とはすなわち世界と溶け合っている云々言ってるでしょうが、今なら単に個人の社会的意識に関する程度です。おそらく、僕は他人よりも公共に自分を開いていいと思っている部分が多い。そのくせ、隠したいところは他人よりも隠したがる。コントラストが強いんですね。現代的でない。 生活に不安はあれど、不満はありません。当面も、先のことも目標は見えるし、ずっと大切であるだろう人もいる。こういうの、幸せっていうんでしょうね。ただ、昔を思い出すと、ぬるま湯につかっているような、暖かいけど十分でないからあがると寒くなる、そんな温度の風呂のようです。そんな時間的余裕、これからだって期待できるはずもないくせに。(この日記はだらだらと晩酌を始めてから布団に入るまでの独り言です) 記憶とは実に面白い。線であったものが分断され、点になり、曲線であったそれは最短距離を結ぶ直線になり、統合され塊になって。その大きさ、色などが印象を形成し、常時変化しているような。しかも、アメーバのように塊は横の塊と遠い所で結びつく。きっと50年後は今高校時代、と言ったものが学生時代、に統合されているでしょう。 不真面目に生きてきました。僕は常々、特に大学に入ってからは表層だけで暮らしてきたような節があります。スーパーフラットな人生です。こうやってふざけたがるのが良くない(最も、そのことについては物心がつくとそうでしたが)。他人にはそう見せつつも、一人ではそうでないならまだよいですが、他人に対しても自分に対してもそうだからダメなのです。もう少し、考えながらのほうが良いんじゃないかと思っています。今だけ。 自分でもわかってないのに、他人に判った振りをされるのは好きじゃない。今まで本当にこの人には自分のことが判られている、と思えたのは一人だけです。思い上がりでしょうか。好きな言葉の一つに「J'est un outre.」というフランス語があります。英語だと「I is another.」フランス語のエートルにあたる英語の「be」が主格ではなく、三人称になっているのがいいんです。2人の私。デカルトの近代的自我なんてもはやありはしません。「思う私」と「在る私」は別人。「自己が最も遠い」はさすがに極端だと思いますが。 言葉。こうして書く言葉も話す言葉も、芸術と変わりはありません。ただし、表現というレベルにおいて。感情や感覚と言葉の間にある深い溝。それを意識できない人が今の社会には多すぎる。言葉は誰のものでもなく、また、皆のものです。ヴィトゲンシュタインが完全な私的言語を否定したのは全く正しいこと。個人の感覚、感情は必ずしも共有できるという確証がない。また、共有できればいいというものでもない。 その2つの関係は予測不可能な関数になっていることもまたなかなか思われない。 ある感情が発せられる言葉に直接的、あるいは間接的な影響を与えるのはいいんです(直接的には「いいですね」、とかいう言葉)が。他方、言葉が感情や感覚に影響を与えていることを無意識的に否定している人は多い。それは美術品の鑑賞に似てます。単純に見た目で良さを感じなかった作品も、その背景や意味を知ることで良いと思える作品になること。デュシャンの便器なんて、背景を知らなければ判らない作品かもしれません。あの見た目の前衛さ(もはやこのコトバは意味をなさなくなってしまった現代)を好きになる人はいるかもしれませんが。僕はアンディ・ウォーホルは最初は全く良いとは思えなく、むしろ嫌いな部類でした。そういうのが言葉と感情の間にもあるのです。当たり前の人には当たり前に思えることですが。 そろそろ飽きてきました。ただ、今日の根拠ない反省に、もうちょっと真面目に生活しようかなとは思えます。最後に、ちょっと遅いですが、おめでとうございます。
2008.02.25 |
| Comments(0) | Trackback(0) | 長い文
お昼に渋谷の行列ラーメン「はやし」に行ってきました。メニューはラーメン、味玉、チャーシューの3つのみ。行ったらラーメン以外は売り切れてました。 井の頭線の西口から道玄坂をのぼってちょっとのとこです。 10分ほど並んで入ると店内ではtahiti80の「puzzle」が流れてました。 席はカウンターのみ。 ほどなく、ラーメンがきました。スープはあっさり系。繊細です。集中して飲むべし。ラーメンとは思えないくらいに。 麺もスープと合ってます。また、メンマがよくある既製品のでなく、美味しい。チャーシューが柔らかくて美味しい。 スープも楽に全部飲み干せます。ちょっと熱いかなと思ったのですが飲み干すと理解できた気がします。ぬるい温度だったらきっと何か物足りない気分で終ったのではないか。 完璧です。店内も雰囲気がよく、これは僕のラーメンガイド3つ星です。3つ星は2件目ですね。 少ない範囲ですがこれまでのはこの通り。 ・大勝軒永福町店 家から徒歩25分。京王井の頭線永福町駅前。星1つ。 ・大勝軒上野駅店 丸ノ内線から銀座線に乗り換えて上野駅下車。徒歩5分くらい。星2つ。 ・大勝軒池袋店 新宿駅から埼京線か山手線、池袋駅下車。迷って徒歩15分。1時間ほど並んで食べる。元祖つけ麺。歴史を含め星3つ。 ・ぶぶか吉祥寺店 京王井の頭線で終点吉祥寺まで。油そば発祥。好みはだいぶ分かれそうですが、星2つ。 ・麺屋武蔵無骨外伝 京王井の頭線で終点渋谷まで。西口に降りる。つけ麺がメイン。星2つ。 ・麺屋武蔵新宿店 新宿駅から北へ歩いて5分くらい。都庁に勤めてる友人に連れて行ってもらったのが最初。いつも並ぶ。星2つ。 ・ホープ軒東高円寺店 昔からある感じ。荒唐無稽。星1つ。 ・唐そば 渋谷。学校から徒歩7分。ハンズに行く途中。星1つ。 ・麺や天鳳 新高円寺店 丸ノ内線新高円寺駅から歩いて2、3分。星1つ。 ・18番 荻窪 塩×にんにく。荒いラーメン。がつがつ食べられる。食後、がりを出してくれる気配りがいい。星1つ。
2008.02.23 |
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最近は妙な風邪のせいか、夕方あたりから頭痛が発生し、目が疲れ、だるくなる症状が毎日続いてます。それまでは大丈夫なんですが。 さて、一昨日は建築家の福島加津也 さんの事務所にお邪魔し、現在施行中の住宅を見学させてもらいました。 住宅って施工後はもはや見られないことも多く、貴重な体験でした。住宅地にたっているのに、「住宅らしくないスケール感」との一言が印象深いです。 昨日からはオープンデスク(今日は行きませんでしたが)。よい雰囲気の事務所でした。体調さえ良ければ最後まできっと楽しめたはずだったのが残念。 4月に展覧会を行う住宅模型が事情により全壊しました。 先生にせっかくなのでデザインも直したいとの旨を伝えたら(多分期待してなかったんだろうな)軽くOK。宮本佳明さんのゼンカイハウスのようなのがいいかと一瞬考えましたが、全壊どころかもはやバラバラなので諦めました。 もともと気に入ってなかったのでやり直すいい機会になりました、てことで。
2008.02.21 |
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久々に東京の住処に戻って来ると。。。 部屋が汚い! スチレンボードだらけです。こんなにして家を出たのか、ってがっかり感が残ります。台所にはA2のボードが放置。 なのに荷物は増える一方。 Per Nørgårdって人のハープの作品集をジャケ買いました。デンマーク人らしいのですが、僕はデンマークが好きな癖してデンマーク語は読めません。しかし、ジャケットや曲名は英語だったので読めました。トワイライトな雰囲気をさそうようなジャケットデザインのくせに、「His music is not Romantic as we know」的なことが書いてあって矛盾を感じましたが。ま、よいCDです。現代音楽ですが。 ゴダールの「軽蔑」の公開当時のフランス版ポスターをオークションで落札。今日、これから届くはずですが、サイズがでかく、だいたい100cm×150cmくらい。どこに貼ろうか迷う所ですが、階段あたりに貼って「軽蔑するわ、これがわたしの気持ちよ」と捨て台詞をはいて階段を降りて玄関に出てみたいです。 さらに定期購読の雑誌が届いたのでそれを読みふけるのに時間がいります。 こんななので数日は落ち着かない部屋になりそうですが幸運なことに冷蔵庫にバンホーテンココアの1ℓが入ってました。これで生きる活力が手に入りました。
2008.02.18 |
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ここ二日ほど頭痛がします。 よろしくない。出したコンペも最後の詰めが甘かったと出す前からわかっていて、そんな適当でいいなら適当に出せばいいのになぜか保証つきで1200円もかけて発送してしまったり。 ラーメンを食べに行きました。 昔、五福星 (うーふーしん)というラーメン屋が仙台市中心部にあり、一度だけ食べに行ってそれをかなーり美味しいと思ったのですが今は移転してちょっとなかなか行けないところになってしまいました。 仙台中心部に支店がある、とのことで今日行ってみたのです。 メニューを見ると「当店はオリジナルの味とメニューです」とのこと。それでは、かつてあったものとの関連性は全く無しか、ってことになります。 それはそれであきらめて、自慢という塩ラーメン含め(本当はスタンダードにしょうゆにしたかったのですが)、ライス、餃子つきのランチセットを注文。 客はまばらでしたが、出てくるのがちょっと遅い気がしました。 味は、まあ、おいしいっ!てほどでもなく、食べられないってくらいでもない。餃子がちょっとにんにく効いてて美味いぞぅ、ってくらい。でも後でお腹がふくれてくると飽きてきました。ラーメンが妙に淡白な味でこれはいったいどこから来るのだろう、って思ってました。そうめんなどを食べた後の淡白さに似てます。麺のせいかな。 麺とスープは調和してました。スープに魚介系を使っているのか。ただそれがスープ全部飲みたいってほどの魅力には達しません。チャーシューが美味しかったです。チャーシューだったり、餃子だったり、ポイントで美味いのが気になります。 ウェブではうまいだのまずいだの、評価が割りと分かれてて平均が5点満点で3点くらいだったのですが、ま、そのくらいが遠からずな印象。 この調子だとしょうゆも同じ感じなのでしょう。味が淡白といいましたが、だからといって決してあっさりではないのが不思議なところ。麺が600円。100円プラスでランチセットになるなら安いか。ここで食べるために外出するぞってまではならない。 最後に、気になったのがトマトラーメン。なんだろう。パスタの王道のトマトをラーメンに持ってきた。いや、そんな生易しい印象じゃない。ほんと気になりました。美味いのだろうか。想像できません。 帰り道、夕方、川沿いの道を歩いてるとドビュッシーの「Children's Corner Goliwog's cakewalk」の演奏が聞こえてきました。通りすがりでちゃん聴き入ったわけではなかったのですが、上手でした。右手に夕日浴びる川。左手にピアノ、しかもキャッチーな曲。冬の空気もあいまって映画みたいだと思って帰りました。今日一番の収穫。
2008.02.16 |
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8時過ぎ起床。昨日からときどき後頭部が痛みます。 10時前に外出。新宿のニコンによってデジタル一眼のローパスフィルター清掃をお願いする。待ってるつもりでしたが、12時過ぎになると言われ、待たないことに。 目黒まで移動。庭園美術館で開催中の『建築の記憶 写真と建築の近現代 』を観に行きました。こないだ行った原美術館といい、素敵な建築です。住宅にしてはスケールアウトしてますがいい空間を持つ美術館です。 そんなとこで建築の写真。動線は明治の熊本城から時系列的に。時系列的に並べたのは建築史的にも効果的です。最後は青木淳の『青森県立美術館』まで。写真は鈴木理策だったのですが、白がいい感じでした。近代の、特に疑洋風建築からモダニズムへ移行したあたりの写真が興味深かったです。図録を買うか迷いましたが、畠山直哉のせんだいメディアテーク『Under Construction』の写真が少なかったのでやめときました。そこで代わりに『Under Construction』を買っていこうと思ったのですが、こちらは欲しいけどいつでも買えるじゃないかと思い直してやめました。 建築好きも写真好きも、どちらかの人でも楽しめる写真展。ただ、やはり建築寄りかなあと感じました。建築に興味ないとちょっと物足りなさを感じてしまうかも。実際、建築寄りというのは、いくつか建築模型があって、東京カテドラルのとか、代々木体育館のとか、感動しましたから。でもいい展覧会でしたよ。庭園美術館でやると2,3割よく見えますね。 カメラが清掃中なので庭園にはよらず、そこから歩いて渋谷を目指すことに。 恵比寿に来て、ガーデンプレイスと写真美術館が目に入り、そうだ、寄ってこうと思い立って寄りました。ガーデンプレイス内で残念な味噌ラーメンを食べ昼食にし(トッピングのバターが100円にしては圧倒的に少なすぎた)、写真美術館に向かいました。 せっかくの休日なので会期中のを全部見ようと思い、3つセット券で入場しました。 上から順番に。3F『土田ヒロミのニッポン 』。僕は写真家に詳しくないので初めて聞く人だったのですが、写真観てわかりました。広島の平和記念資料館にあったコレクション。それを撮った人。何か、直接的でわかりやすい写真でよかったです。何にフォーカスを当ててるのかが見て取れる。『砂を数える』、『新・砂を数える』は群衆化する人々の様子を撮ったものでしたが、それが好きでした。こういっちゃなんですが若干ウォーリーを探せ的な写真もありました。図録も欲しかったのですが、気に入った写真が小さくしか入ってなかったのでやめました。 2F『スティル/アライブ 』。日本の新進作家を取り上げたそのvol.6。扱った作家は4人でしたが、かなーり濃密です。 個人的には伊瀬聖子が一番気に入りました。映像作品だったのですが、その肌が僕と合ったというか。そうそう、こんなの、こういうの、いいよね。っていう妙な共感。インスタレーションに近い扱いされてたのもよかったです。 次の部屋に行くと屋代敏博。急にテンションが変わるので最初ついていけません。すごくポップ。どうやってこんな写真撮ったんですか、って思っちゃいました。ビデオでそのドキュメンタリーがあり、また、参加した小学生の感想文が置いてあったり。面白いです。 次の部屋が大橋仁。海がきれい。今回の4人の中では一番写真らしい写真。でもそれがぱっと見の魅力とか強さと言う点でちょっと他の人に負けてたんじゃなかろうか。 最後に田中功起。観る人を突き放すようなインパクト。ゆるいインスタレーションがなんともゆるい。トートロジーですが。 2Fがトータルで一番気に入りました。気に入ったので伊瀬聖子のDVDを買い、音楽で使われてたスティーブ・ジャンセンのCDを買いました。図録も魅力的でしたが、もっとも気に入った伊瀬聖子が映像なのでやめました。 B1F。『文学の触覚 』。文学とメディアアートで表現、てな感じの企画。残念でした。触覚というよりは視覚化してましたから。一つも触覚に関連するものはなかったです。そんなうまく行ってなかった気がします。面白いのがなかったわけじゃないですが、飛び抜けてこれは!てのもなく。こういうメディアアートってのは常に技術と共に歩んでます。だから、これからの技術の進歩に期待です。それと、ある感覚を他の感覚に置き換えることは難しいですね。共感とか、そういったものの次元に陥りがちですから。10年くらいしたらもっと楽しませてもらえそう。 その後、歩いて渋谷を目指すことに。途中でIDEEのセールにばったり巡り会い、家具も安かったのですがポリ容器(600円→180円)と革のコインケース(2000円→600円)だけ買いました。何かには使えるだろう程度です。 その後、歩いて渋谷を目指すことに。学校に行って荷物をとって出る。渋谷、原宿界隈は人が大変な数になってました。 新宿に行き、カメラを受け取りました。写真の展覧会を今日は3つも行ったのに、すごく自分ももっと本業じゃないけど写真がんばろう、と思ったのにカメラが手元にない歯がゆい1日でした。このくすぶり加減がよかったです。写真美術館に入るくらいのときには意識してたことだったのですが。だからこそ写真美術館に今日行こうと決めたのもあったのですが。 夜はカレーとサバ味噌を作りました。食べ合わせがよくなかったのでサバ味噌を食べてからカレーを食べました。カレーは。タマネギ、ピーマンと赤ワイン、牛肉、ビターチョコレートの大人な感じに仕上げたら久々の自画自賛でした。サバ味噌は普通でした。 明日は銀座に行く予定。
2008.02.10 |
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昨日でようやく授業が終りました。で、飲み会。頼りはないけどもこれでもクラス委員なので幹事をやらせていただきました。 先生の誕生日と言うこともあり、クラスのみんなに協力して書いていただいた色紙も渡す。帰るときもかばんにも入れず、手に持って帰っていた。 この日はクラスはいいなぁ、と1年たってようやく感じられた日。 飲み会の最中、誰かが僕のことを芸術家肌と言った記憶があるのですが、誰だったか、全く覚えていません。ほう、特に親密でもないこの人が言うか、なかなかいい眼をしておる。とまで思った記憶があるのですが誰だったか覚えてません。 ある意味デザインにおいてはそれは死刑宣告されたようなものなんですが。 それはつまり、デザインやアートの本質どうのこうのでなく、結果としてアウトプットされたものの形の常識はずれ度をはかった表象的なものなのでしょう。 無意識的に自覚はしてました。無意識的にそれを避け、コンセプトを突き詰めた思想にも近いものを形にした、矩形を少しずらしただけのつまらない立面の住宅をデザインしました。昨日は最終ゲスト講評があり(安田幸一さん)、僕も作品が出ることにはなったのですが、安田さんの目には止まらず。結果的に選ばれていたものはフォルムが目立つものばっかりでした。 だからってわけでないですが、フォルムにもっとこだわるべきだったというのが一番の反省。安田さんが講評したとしても同じこと言ってたんじゃないでしょうか。 制作中は他人のは簡単に批評できるんですが、どうも自分のだけは見えないものです。終ってから急にトンネルを抜けたように視界が明るくなり、やがて明順応します。 というわけで少し前に(形が走ってた頃)戻ってみないといけない、と感じたのでした。 今日はほぼ始発で帰り、昼に起床。ラーメンを食べにいく夢を見てました。飲みの後だからでしょう。ラーメン屋に入る直前で目覚めるという非常に悔しい夢だったので、銭湯に行って残った酒を流し、ホープ軒に行きました。 ところで、こないだアートとデザインについて先生が面白いことをおっしゃったので書いときます。 宗教画というのはもともとイラストレーションだった。それは、当時文字が読めなかった庶民に聖書に書いてあることを視覚化して伝達する役目をもっていた。それは布教のためのデザインだった。
2008.02.09 |
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エリック・サティ作曲の「ヴェクサシオン」(日本語訳でいやがらせ)。フレーズを840回繰り返すだけという発狂しそうな曲を聴いています。演奏が終るのはだいたい24時間後。今は300回を越えた辺りです。世界最長の曲としてギネスに認定されています。初演はジョン・ケージらによって行われたとか。日本でも演奏されている記録があります。 今日(昨日)ふとしたきっかけで嫌いな人に嫌いだと言ったらメールが多少続きまして。話さないよりは話してみるものかもしれません。人は不思議なもので話すだけでも少しは気持ちが変わるものです。
2008.02.08 |
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昨年末あたりから通学路途中、学校の近くにカールトンを見るようになりました。 何かお店でもオープンするのだろうか、と思ってました。カールトンを置くぐらいなのだからおしゃれ(?)なお店なのだろう、と感じつつ。 最近ちょっと電車で通学することが多く、そこから離れてました。今日、帰り道、久々にその前を通ってみると本屋さんがオープンしてました。 「SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS 」 左端にカールトンが見えます。 急ブレーキをかけて店内に入ると、印象的な長いテーブルと壁にはたくさんの棚とそこに並べられた本。テーブルには雑誌などがありました。奥行きのある空間でした。設計はNAP建築設計事務所の中村拓志さんのようです。 どうやら本の年代と棚のデザインされた年代を合わせてるよう。ただのおしゃれな本屋さんじゃないようです。デザインやアート、写真、建築などを取り扱っています。 専門書だけを見るとちょっと物足りなさを感じますが、色んなジャンルの本がジャンル分けされずに並べられているというのが魅力でしょう。 この本屋には何か特定の本を探しにいく、というよりも自分の知らない新しい本と出会う喜びがあります。中村拓志さんがブログ でamazonとの比較について書いております。今日は楽しくなり、MVRDVの本を衝動買ってしまいました。
2008.02.05 |
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約6時間を残してようやく作業が終りました。 3時間くらい寝るか、あるいは学校行ってプレゼンの準備を始めるか。準備を始めたいのですが後で眠気が来ないか心配です。迷いどこ。 昨日は東京で雪が降りました。杉並区は朝は5cmほど積もってなかなか素敵だったのですが渋谷まで行ったらがっかりしました。人が多いほど雪は汚くなっちゃいます。日曜日にしてはあまり人がいないのはよかったのですが。平日並みに少ないのであやうく日曜日ということを帰るまで気づかないとこでした。 帰るころにはだいぶ溶けてました。帰り途中のところどころに雪だるまが置いてあったのが楽しかったです。
2008.02.04 |
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数日前のことですが、モンドリアンの「ブロードウェイ・ブギウギ」のポスターを貼りたくなって買いました。 何故貼りたくなったか、何故この絵か、最近はまっているわけでもなく。突然です。 何となく、部屋に貼っておいたらいいなぁ、とふと感じたから。 特にデ・ステイル的な何かに魅力を感じたのではないと思いますが。 ポジティブな感覚?はありました。(でないと買わないですが) この絵と親しくするのは数年前に抽象(特に1900年代初頭のアート)にはまったとき以来。 衝動にしてはよい買い物をした気がします。 実はまだ貼ってないのですが。
2008.02.03 |
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