いっそ一思いに愚痴れ

空とガラス


疲れると空の写真が増えます。疲れると言っても、今日は肉体的と言うよりは人間関係。グループ課題。疲れてるように見えるし、明らかにイライラしながら先に帰ったメンバーが、数十分後に僕が帰るときに地下にちょっとよったら他の班のメンバーと笑顔でいたのには驚いた。その瞬間、あ、この人ともう二度と話すことはない、と感じました。明日、謝罪の言葉を送ってくることができるような人とはとうてい思えませんし。相手にすると余計疲れる。話しても無駄なので。
よほどのことがない限り何も言わないでいるけど、怒るのってすごい疲れるんです。
だから、最近はそういう人から切ってくことにしてます。僕は性格が悪いので。
といっても自分は切れない。それをするには、あまりにも遠すぎるし、やはり身体と精神は分ち難い。

疲れるってしか書いてない。ダメだな、疲れてる、いや、憑かれてます。バラバラです。
といっても身体はまだまだ余裕。

ビルのガラス


2008.07.31 | | Comments(2) | Trackback(0) | 雑記

こんな生活でも何かはある

最近の写真でも。

とりあえずカメラは常に持ち歩いているのでそれなりに決定的なときに出会う確率は多い。
写真は全くの独学である。写真の授業もあったけど、何かピンホールカメラとシュルレアリスムみたいなことして終った気がする。マン・レイやモホリ・ナギと同じことをやってたわけである。あの体験は大きい。
我ながら上手いとは思わないが、公開でもしないともったいない気もするのもある。

西永福バス停

帰り道を少し遠回りした近所のバス停。誰ともなく、多分バスの待ち合わせがつらいときに椅子を置いてったらこうなったんだと思う。ばらばらの椅子が面白くて撮った。

電線ハト

電線に停まっていた大量の鳩。真っ青の空で暑かった。

夕やけ高円寺

珍しい夕焼けの高円寺。提灯の赤や看板と調和していた。


2008.07.29 | | Comments(0) | Trackback(0) | 写真

点、線、面、立体、ボリューム

久々に大学に行ったら、在学当時、ご指導いただいていた先生の研究が売店でポストカードになって売られていた。カラスが信号停止中の車の前にクルミを置き、車にクルミを割らせるという行動の写真。先生はこの分野の第一人者として有名であった。しょうもない、と思いつつ記念に買った自分が一番しょうもなかったりする。


今日、午後、浅草橋へ友人の芝居を観に行く。出演シーンはわずかであったが、その分彼の演技が凝縮されていたように思えた。舞台デザインが面白かった。色々思うところがあった。役者と台本の関係だったり、劇団間のことだったり。今度聞いてみよう。浅い昼寝の夢の後のような、そんな心地で劇場を後にした。

その足で六本木へ向かう。
国立新美術館。「エミリー・ウングワレー」展。ずっと行きたかったのだが、終了前日になってようやく行けた。何も知らずに観ても不思議な魅力がある。一枚一枚に魅き込まれる世界観がある。抽象という言葉でも何か違和感があり、プリミティブというのもまた違う気がする。何重にも重ねられた点と線はあくまで痕跡として、空間を感じさせるものではなく、それゆえ一枚の平面としてパワーがあった。死の数週間前に画風が変わる潜在能力。その面のようになっていった優しい画風が好きだった。
彼女らの文化のパターンをキャンバスに起こすような絵も、それだけで新しい魅力に溢れている。一押しの展覧会だが、明日で終るのが残念である。


夏休みを前に山を越えて、まるでこれまでの生活を取り戻すように美術館、ギャラリーに行ったり、本を読んでいる。週末に図書館で借りた3冊はあっという間に読み終わった。むしろこうしたことのほうが反日常的だったりする。

2008.07.27 | | Comments(0) | Trackback(0) | 博物館やギャラリー

新しい夕日

続いて今日。

元麻布のカイカイキキギャラリーに村上隆ポスター展『マイ・ファースト・アート』シリーズを見に行く。

村上隆は既に多く語られているしそれら以上に語ることも自分には出来ないだろうので、あまり考えないことにしているが、興味がないわけではない。今回はポスターということだったが、印刷に関係するデザイナーには堪らない内容だろうと思われる。
印刷といえばポップアートだが、ウォーホルのモンローを彷彿とさせるように村上隆のキャラクターが色ちがいで並んでいるのは面白かった。ギャラリー含め、楽しい空間になっていた。


続いてギャルリータイセイの2008年住宅建築賞。
新建築住宅特集で見たものもある。金賞のアイロンハウスが一歩抜きん出ている感。手塚貴晴+手塚由比さんの新潟のキョロロと同じコールテン鋼仕上げの住宅である。一度見てみたい。
そしてそのアイロンハウス含め、受賞した作品は全て庭などの外部の取り込み方をテーマの一つにしていたのに気づいた。
そしてそれらの一旦住宅の外部とは距離を置きつつ、囲った内部に住宅内の外部を配置するコートハウス的手法が多かった。
狭いながらも楽しそうな空間。

受賞した作品はみな、断面図がきれいだった。つまり、立体的な構成や配置が面白かった、ということ。

また受賞された建築家には1975年とそのあたりの生まれが多かった気がする。

ほんの一つほど上の世代である。昨夜のこともあるが、自分もそろそろ、就職活動をはじめようか、と思う。

2008.07.24 | | Comments(0) | Trackback(0) | 博物館やギャラリー

さよならを、行きつけの朝に

怒濤の日々は一旦、終りを迎えました。午後、空白の時間があり、打ち上げまでの間、暇してるのも寝てるのももったいないのでbunkamuraで開催中の「青春のロシア・アヴァンギャルド シャガールからマレーヴィチまで」を観に行きました。

ロシア・アバンギャルドはあの時期の運動としてはダダくらいに好きです。ロシアが文化的に世界のトップレベルであった時期だと思います。
展覧会内容はロシア・アバンギャルドというよりはその周辺や前夜がメイン(単にロシア・アバンギャルドだったら展覧会タイトルにシャガールがあるのはおかしいので。シャガールの作品は2、3点)。ロシア・アバンギャルドの作品はマレーヴィチとリシツキ―くらい。あとはタトリンの名前がどっかにあったような。といっても同じくいつものタトリンではなかったですが。

入って最初の作品はカンディンスキー。といってもいつものカンディンスキーではなく、印象派風。バウハウス以前です。
マレーヴィチの作品は多めでしたが、それでもシュプレマティムど真ん中といえるようなのは2点ほど。ただ、展覧会のメインビジュアルになっているようなシュプレマティムへの移行を感じさせる絵は観ててわくわくします。
そういえばシュプレマティム含め、マレーヴィチの絵画って生で観るの今回で2回目くらいかもしれない。好きなんですが、なかなか出会えません。

知らない画家がほとんどで、徹夜明けの眠気がピークを迎えていた自分としてはもはや名前の羅列がロシア文学の登場人物紹介なみに覚えにくいものでした。それでも、1コーナー全部割かれていたピロスマニという画家は何か特別なんだろうなと思わせる雰囲気がありました。絵のモチーフが素朴なんだけど,観るものを掴む不思議さがある。
彼に限らず、ロシアの風土でしょうか、輸入されて入ったキュビスムも、何かを経由してキャンバスに出てくる。その翳りが僕は好きでした。だから、何気ない絵でも、見慣れてる雰囲気とは違うのでちょっと見入ってしまう。

展覧会の最後の2枚は具体表現に戻ったマレーヴィチの自画像と妻の絵。ロシア・アバンギャルドという大きな時代の政治的、文化的終焉を告げるような、そんな悲しさがありました。目玉になるような作品はないものの、(メインビジュアルのマレーヴィチくらい)全体としての雰囲気が面白いものでした。ロシア・アバンギャルドやその周辺に興味があれば非常に楽しめる展覧会です。最後のマレーヴィチの2枚をどう感じるかでも展覧会の印象が変わりますす。シャガール目的だと最初しか楽しめません。それとポストカードが多かったのでマレーヴィチとリシツキー、シャガールを買って楽しみ、また、クリアファイルがあったので買いました。

そんなわけで打ち上げにはちょっと遅刻。1時間ほど遅れてきた先生の話が面白くて帰り道も代々木までご一緒させていただいた。

2008.07.24 | | Comments(0) | Trackback(0) | 博物館やギャラリー

フクヘンさん

学校でスプレー作業してたら頭がやられたようだ。頭痛が痛いので帰って図面をひくことを決め、学校を出る。
で、帰り道、代々木八幡近くのラムフロムへ行き、「フクヘン展」を観る。

フクヘン展

フクヘンはBRUTUSの副編集長である鈴木芳雄さんのブログ名。展覧会では古本の販売や、写真、コレクション、仕事の現場がのぞける。偶然、会場に本人もいた。
校正刷りの原稿もあり、編集の現場は興味ある人にとってはすごく面白いと思う。それと、壁に貼ってある写真は空だったり、空港だったりが多いのだが、中には杉本博司を意識したような劇場の写真があったりもして、面白かった。
BRUTUSのバックナンバー1冊と杉本博司のポストカード、カイカイキキのクリアファイルにあとは鈴木さんの古書から1冊、「舟小屋」という日本の舟小屋ばかりを集めた本(INAX出版)を買って帰宅。

舟小屋


村上隆のポスターの個展がカイカイキキギャラリーで開催中のよう。26日まで。ポストカードがあったのでもらってきたのだが、A4版(この時点でポストカードではない)、しかも厚紙でただでもらってっていいのか不安になってしまった。貧乏性である。24日あたりに行こうと思う。

2008.07.20 | | Comments(0) | Trackback(0) | 博物館やギャラリー

美術館、窓、アンドラーメン

気づくと、今月頭に21世紀美術館に行った以来、美術館やらギャラリーやらに足を運んでいない。で、行きたい展覧会をチェックして手帳に終了日を書き込んでいく。
すると、9つも溜まっていた。いずれも7月下旬から終っていく。早めに行かねばと思うのだが、23日まではどうしようもない。いつの間にか井上雄彦の展覧会も行かないまま終了していた。森美術館の「ターナー展」も行ってない。やはり東京は素晴らしい。
とりあえず、手帳には書き込んでいないが、近日(明日明後日)中にフクヘン展に行こうと思った。帰り道であるからふらっと寄れるだろう。あわよくば、何か古本でも買うつもりでいる。だから、早めがいいのである。


ところで、今日は設計で窓の開け方に苦しむところだった。大変なのはわかっているし、だが迷っている時期でもないのでルールを決めて一気に終わらせた。そうでもしないと学生の得意技である立面全面ガラス張り(構造もコストも無視、決まって出てくる言葉は外部との連続性である)で済ませるところであった。

これはずっと思っていて、間違ってないだろうと思われることだが、学生の住宅設計で窓を虫食いのようにずばずば開ける人ってのはよっぽどの無神経か、天才かのどちらかである。たいていは前者である。

窓だけを考えたら、それだけで延々と悩んでしまいそうだ。通風とか採光とか、機能面以上に窓というのは劇的なものであると思う。
昔、窓をテーマに映像を制作したのを思い出したが、今度はコピー機でつくろうとしている。

今日は昼食と夕食がラーメンだった。そのことは夕食中に気づいた。こないだ、日本ラーメン協会の副会長が49歳という若さで亡くなられたらしい。彼は、医者にやめろと言われても、「評論家なもので」と言い張り、食べ続けた。そういう人生もまた幸せだろうが、残念ながら僕にはそれだけの覚悟はない。食生活を見直さなければならない。そういう不安があるのだろうか、最近、化学調味料無添加のスープに注目している。

昼食は渋谷の「喜楽」。中華系のラーメンである(中華料理屋で出てくるようなラーメンをこう呼んでいる)。中華系ってのはたいがいがそれほど感動はしないものだが、ここのラーメンは非常においしかった。特に麺が好きだった。また行こうと思える。ホテル街にあるので行きづらいが。店の雰囲気は好きだった。
夕食は帰り道のホープ軒にて。ここはもう独特なので何も言うことはない。好みはあるだろうが、僕は好きだ(でなければリピートはしない)。

ラーメンに関しては気に入った店以外は2度と行かない。遠くて2度目がなかなか行けない店すらあるのに、近いと言うだけで入ろうとは思わないのである。それに、ラーメンというのは相場の変動が余りない(少なくとも、寿司やそばに比べたら)。同じ値段なら美味しいのを食べたいと思うのが普通だ。
一回しか入らないでその店がわかるのか、と思われるかもしれないが、わかるのである。メニューの端っこ(食券なら左上端)のメニュー。これがその店の一番のウリである。自分がラーメン店をやろうと考えることを想像すればどこに一押しを置くか、ということだ。
それが美味しくなかったらもうそこには行かない。というかそれ以前に店構えで美味しいかどうかはだいたいわかるし、それはほとんど外れない。あとはネットの情報は割と正直で数を集めれば信頼できる。
あと一店舗、渋谷駅の近くに行きたい店があり、そこへ行けば渋谷の美味しいラーメン屋は知り尽くしたも同然、と思っている。東京に来て以前以上にすっかりラーメン好きになった。これもひとえに東京のラーメンのレベルが高いおかげである。

2008.07.20 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記

我在り、故に我あり

授業後、荷物を置いた後、教室にカメラを忘れたことに気づいて戻る。
7階から地下まで降りようとすると、週1で教えにきていただいている先生と、エレベーターで一緒になった。
来週は他の授業の最終講評であるが、来れないかもしれないという話から入る。
忙しいですか?との質問に、過労死しそう、との返事。曰く、毎日卒計をやっているようだ、と。普段から痩せている先生だけに本当に死んでしまいそうで恐ろしい。
仕事が多忙だとどうしても徹夜(今夜もそのよう。僕も同じく、ですが)になるそうだけども、そこは気力だとのこと。全部終った後、一気にどっと来るという話だった。終止、先生は多忙にも関わらず前向きであった。
エレベーターの中、先生が3階で降りるまで10秒から20秒間ほどの出来事であったけれども一気にモチベーションがあがった。一方の先生は過労死しそうだというのに。いや、でも今日はカメラを教室に忘れてよかった。


集中して考えると、ふと我に戻ったときに別世界感を感じる。考えている時はだいたいが紙の上である。その中にいる。線と線の間にいるようにも思える。太マジックの黒。面ができると、その上にいる。集中してると集中してるのでそれを客観的に観ることは難しいのであるが、そんな感覚を覚えた。

2008.07.17 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記

red & green

一人暮らしも7年目。当時買ったウインドウズもメインをMacに譲ったとはいえ、7年目である。いつ壊れてもおかしくない。最近になって、一人で撮る食事をできるだけ避けようとしていることに気づく。
昔は平気だったのだけども。
寂しんぼうになったのか、昔が無神経すぎたのか。とはいえ、朝食は平気である。習慣で納豆を食べるのだけど、朝は頭が働かないからか、ぼ〜っとしている間に食べ終わる。
それから、料理に手間をかけた時も割と平気である。自分の料理を反省しつつ、食というものに手間暇かけたこと自体が食事として充実している感が多少はあるからだ。それと、ラーメンを1人で外食に行くのも全然平気である。おいしいラーメンを食べにいくこと、美味しそうなラーメン屋に入ってみることはもはや趣味である。

勿論、食事はいつだって一人でないほうがいい。できれば、愛する人や、大勢との食事もまたいい。一般論である。それで、最も嫌なのは出来合いの弁当や前の日の残り物や、インスタントを家で一人で食べることである。手間もかからず、特別な美味しさもない。何か、空腹を避けるための食事みたいだ。適当なカロリーと栄養が詰まったカプセルがもしあるなら、それを食べるのと何の変わりもない、無味乾燥さ。

でも最近は料理する暇もなく、そうした食事になりがちなのを(時々なるが)、かろうじて外食などでしのいでいる。こんな日々は良くないなと思い、生活らしい生活を送れることも夢見ている。


渋谷のパルコギャラリーで今日から開催のハーモニカ&ブルース展のレセプションパーティーに、昨年お世話になった先生に誘われてちょっと顔を出した。先生の授業で知り合ったブルースのミュージシャンがライブを行ったのである。写真もやってる人とは知らずに、マルチな人だと感心した。一体そのパワーはどこから出てくるのですか。その辺にいた何の変哲もないおっさん(失礼)が急にブルースハープを取り出し、セッションに参加していく様子が面白かった。
会場には彼の写真やホーナー社のハーモニカがあり、販売もしていた。正直言って自分にはハーモニカなんて縁のないもの(1日だけかじったことがある程度)で、なんであれが高価でこっちは安いのか、なんてのもわからないくらいだけども、価値のわかる人には僕が椅子を観て楽しむような感覚で楽しめる展示だったのだろうと思う。
価値観の差は大きい。

2008.07.17 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記

今日、夏日 どうでもいいこと

今日のこと。

学校に行き、作業をし、買い物ついでに息抜きに休憩を、とゲームセンターへ行った。
で、ガンガンでXを使って一人旅してたんだ。すると、3面くらいで乱入。相手は初代。
何か、相手の動きがおかしい。その場から動かず、ビームライフルばっかり撃ってくる。
見ると、小学生にも満たないようなお子様が相手。しかも、隣には母親。やりづらいと思いつつもこちらの相方が神で、向こうがタンクだったので(普通に考えたら絶望的)、ふざけてはいけないな、と思いつつもサテライトキャノンの練習台にしてご退席いただいた。

で、しばらくして6面くらいまで行くと先ほどのお子様と母親が隣の席に着く。やばい!と思うのもつかの間。丁寧にボタン連打で援軍に来てくれた。しかもウイングゼロ。。。3000に3000で入ってはいけないと言われなかったのかね。。。勝手に2落ちされるのだけは勘弁、とXで2号機2機相手に前線はってみるも無理なものは無理。数十秒後にはゲームセンターを後にした。。。

子供に罪はない。ガンダムはいつでも男の子の夢である。こんな夏の晴れた日に冷房の効いてる地下の薄暗いゲーセンに子供を連れてくる母親の気がしれない。しかも他人に迷惑かけてまで。。。子供はわからないのだから母親がルールブックになってやらないといけないだろうと思う。その場で母親を叱責し、人道を説いた上で100円返してもらいたかったが何か負けた腹いせっぽくも見えるし、そもそもゲームから人道など学べるはずもないのでやめた。むしろそんなことをしたらこちらが外道である。気分転換のつもりが逆にストレスを溜めて学校に戻ることになった、そんな夏の午後。


2008.07.13 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記

モダニズムに関する2つのフェイズ

昨夜はNHKでチェルフィッシュの「フリータイム」を観てたらいつの間にか寝てしまっていた。記憶のないまま、ベッドにまで入っていた。場面が変わらない、というかなかなか物語が始まらないのだから眠くなるのもしょうがない。不思議な(大げさな若者的な)身振りが特徴的である。これを観て、オスカー・シュレンマーのバウハウスダンスを思った。
バウハウスダンスでは幾何学形態の衣装を着ることによって演技者の身体の動きが限定された。チェルフィッシュの動作はまるで精神が身体という入れ物に入っていることで苛立ちを覚えているようにも見える。身体という衣装。それによる拘束。情報化の現代では身体はもはやバウハウスダンスの幾何学衣装のように、我々を拘束するものなのかもしれない。それはよいことかもしれないし、よくないことかもしれない。

文章ばかりではつまらないので中抜き。
モバイルアート解体


ザハ・ハディドによるシャネルモバイルアート。先日終了しましたが、解体現場が学校から見えました。骨組みが美しい。こうして海を渡って次の国へいくわけです。


今朝は9時起床。暑い。学校へ行かなければ、と思ったけれど、やめる。
自転車を学校とは逆にこぎだし、高円寺へ。ちょいと遊んでsmall musicで4枚CDを借りる。こうして短期間に豊富に音楽に触れられるのはもしかしたら今年度限りかもしれない、と思った。
最終プレゼンまであと10日を切った。いい加減、アイデアをまとめなければならない、と考え、カフェへ。高円寺の七つ森。ここは高円寺あたりでは有名らしく、僕自身、かなり気に入っている。
カレーライスで昼食にし、コーヒーとともにスケッチ。さらさら。
こういうふうにアイデアがどんどん進む状況がある。それは環境によるものだ。このカフェの空間は少なくとも僕にとってそれに適している。クリエイティブな空間である。いや、空間がクリエイティブなのではなくて、そう人の心理に作用する空間である。人の心理がそんな状況になるには他にも空間だけでなく、音環境や座っている椅子などの様々な要因があるだろうが、その点、理想的だった。

ある程度描いて考えて頭が働かなくなる。脱線して、考えるとは描いたり、立体にしてみる行為が大きいなあと考える。集中が持続しなくなった。身体が糖分を欲しがっている(コーヒーでは糖分は摂らない)のが直感でわかる。
「揚げパンアイスと焼きバナナ」が魅力的すぎたのでおかわりのコーヒーとセットで注文。揚げパンのなかにアイスを閉じ込めてある。それに焼きバナナが添えられている。揚げパンの熱とアイスの冷たさ。このコントラストが魅力的なのだ。二項対立とはモダニズム的手法である。この場合、焼きバナナの熱さもアイスと対比がある。なんてモダニズム的なデザートだろう!と感激した。とても美味しかった。ついでに言えば、デザートの甘さとコーヒーの苦さに味覚の対立がある。これはアイスのエスプレッソがけと同様だ。

そうして再び集中し、次に途切れるまで、計1時間半ほど滞在した。昼食とデザートを共にしたが、アイデアが進んだのでよしとする。今日みたいな妙に追いつめられているものの、なかなか状況が進行しないとき、出費を惜しまないことが重要なことをここ2年ほどで学んだ。クリエイティブな空間代である。学校はあまり何かを考えるには向いてなかったりする。家にもこんな環境があればよいと思った。

で、家に帰る。散乱した衣服。酒の空き瓶2本が机の上。いい加減寿命の一輪挿しの花。窓の外には洗濯物。クリエイティブにはほど遠い環境である。。。

2008.07.12 | | Comments(4) | Trackback(0) | 雑記

地下作業者の手記

radicalfaceghost


最近はRadical Faceの「ghost」、気づけばよく聴いてる。かなり推薦できる。趣味のあう人なら。
今朝は5時に起床。次に意識が戻った時は6時。なんか、よい夢を見たらしい。7時に家を出る。この時期でも自転車だが、朝と夜はなかなか涼しくもあるので気にならない。ここ数日は日差しのないのもいい。
学校到着7時半。8時頃、友人到着。最近は地下室で作業をしている。湿っぽいが、広いし、うるさい輩もいないので環境は良い。しかし今朝は眠い。集中できず。作業したり、天井を見上げたりの繰り返し。だんだん怠惰な気分になる。10時外出。コンビニに行く予定が遊びにいってしまう。そうしてる間にお使いを頼まれる。コンビニで自分の分の弁当も含め、サラダを買う。12時学校に戻る。コンビニのサラダって身体に良いのだろうか、と疑問に思う。昼食を摂りつつ、友人とプレゼンのこと、夏休みのこと、グループ展のことを話す。(そういえば、9月に下北沢でグループ展を行います。映像の展覧会で、誘われたので僕も一つ、制作することにしました。テーマに乗っ取った作品なのでどれだけ出来るかわかりませんがほどほどのクオリティには仕上げるつもりでいますのでよろしく。といっても今は何も進展のない状況で、今月末にならないと動き出せない段階なのですが。)
昼食後、気が抜ける。だらだらと作業を続ける。5時には終らせたいと思っていた。午後は気づけば5時。途中で他クラスの人が見に来たけども集中してたので(集中はしてないがぼんやりしてるので周りは見えてない状況)、いい加減にあしらってしまった。不機嫌に映ったかもしれない。決して不機嫌ではなかった。身体がだるかっただけ。不機嫌になったのは4時になってから。5時には終らせたかったのが全く終らないのでむすっとなる。しかも眠くなる。で、寝る。
1時間ほどして起きる。頭が夢の中にいる。午後から来た友人がそばに立っている。夕食に誘われる。実際はそんな空いてもなかったのだけども、気が乗ったので行くことにする。カレーを食べたいのでそういうところに行った。友人は卵とじ丼だったかそんなのを食べてた。カレーはサラダセットにするとお得だ。サラダセットを食べた。こういうチェーン店のサラダって身体に良いのだろうか、と疑問に思う。ドレッシングが美味しかった。実は、数日前にもハンバーグカレーセットを食べた。だから、ドレッシングが美味しいのは既に知っていた。見ると、ケンコーマヨネーズ製の神戸壱番館のドレッシングであった。友人とは授業のことなどを話す。今の課題についてはそこそこに。グループ課題について主に話した。今回、自分のグループ、形は未だ模索中だが、プロセスはなかなか良いことを思った。取り組んでいるテーマについて、いろいろ話せるからだ。うまく流れているのはグループ課題で初めてかもしれない。
外気に触れたからか、気分のよい会話のせいか。コンビニに戻って学校についてからは集中が持続した。悩みつつも、8時半、一応終了。修正はしたいものの、ブーストが途切れたみたいにがたっとなったので帰ることにした。帰り道、道を歩くこと、走ることについて何も考えてない人が多すぎることを改めて感じる、というか数日に一片は感じる。幸せな人々である。全く、羨ましく思う。皮肉などでなくて。


2008.07.09 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記

高密度週末

大学のサークル同期の4人と金沢へ旅行に行ってきました。
目的は21世紀美術館だったのですが、東京と仙台から2組で現地集合てことで夜行バスで行ったので合流は朝7時過ぎ。

金沢駅


まずは朝食後、バスに乗り、旧野村家武家屋敷へ行きました。縁側や茶室で夜行バス疲れの身体をのんびりさせて気づけば1時間以上滞在してました。
今回の訪問で謁見の間から庭へ抜ける視線がとても権力的な構成であることに気づきました。

旧野村家


和菓子を買って続いて兼六園まで。名前の由来である六勝の内、一勝はしたがあとはどうだだの暑いだの言って歩きました。

午後は21世紀美術館。ここで昼ご飯にしようと考えましたが混んでいたのでタレルの部屋などを観て、一旦外へ。金沢はここ1年半ほどで3度目の訪問なのですが、美術館の裏側に飲食店街が並んでいるのを初めて知りました。こじんまりとして、川もあり、いい雰囲気でした。

広坂あたり


ソファ席なのにダイニングテーブルという変な店でオムライスを食べ(他の4人はパスタを)、美術館に戻りました。

今回の本当の目的である(常々本来の目的を見失いがちな集団だなぁと感じつつも)「ロン・ミュエック」展。5月に十和田で観て以来、衝撃が忘れられません。スケールアウトした人体、しかし、精巧に制作されている。多くの作品はポーズが独特。場合によってはその眼差しの強烈さ。これらの特徴の単体、もしくは複合から鑑賞者は実に多様な感情体験をします。ずっと観ていると突然何かが崩壊したように身震いが生じたり。鑑賞者と被鑑賞者の逆転を感じたり。船越桂との比較で何かが書けそうだなと思いました。今回の展覧会はスタディの段階の展示や映像もあり、それが良いと思いました。神様が人を創った時はこんなふうだっただろうか、とも思えるような。そんな手の込んだ作業風景でした。

その後、レアンドロのプールをみんなで楽しみ、

レアンドロのプール


コレクション展へ。

ヨハン・グリモンブレの映像作品に元映画部らしく夢中になり(これは後々まで尾を引くのですが、というかいまだ話題)、ネトの空間でふわふわしました。

その後も館内をうろうろし、再びタレルの部屋へ行き空を眺めたり(タレルの部屋は計3回行きました。あの空間の静けさは夏でもよいです)、日比野克彦の展示を見たり(今日、本人が街中にいるのを目撃してみんなで急いでバスを降りました)、マイケル・リンの壁画をバックにロッキングチェアでふらふらしました。
写真は『ヤン・ファーブルの「雲を測る男」を測る男』。

雲を測る男を測る男


その後、図録などを買いました。ロン・ミュエックのはこれまでの全作品を網羅してあり、値段もおてごろ。非常によいので買いました。また、ネトの本も装丁が面白かったので買いました。

21世紀美術館にて


十分に夕方になったので宿へ。バスで30分ほどの遠いところへ行きました。
「滝乃荘」。古い宿で、僕ら好みでした。名前の通り、滝が宿の前にあり、部屋までその音が聞こえます。夜にはホタルが飛んでいました。川魚料理が自慢のようで、珍しい唐揚げや旬の鮎や鰻をいただくという豪勢な夕食でした。の割りには良心的な宿代で、宣伝をするつもりはありませんが非常に良いところでした。

滝乃荘

滝乃荘周辺


今日は朝にまた美術館へ行き、ちょっと遊んで高速バスにて東京へ。交通事故で1時間半くらい到着が遅れたのだけが残念なことです。高速道を降りると東京へ帰ってきたのだなといやでも感じます。地下鉄に乗ると、あ、丸ノ内線だ、と再認します。旅行ではいろんなことが詰まりすぎて楽しかったのですが、個人的エピソードも多いので省略。
今回旅行を共にしたこの同期の団体は(今回旅行を共に出来なかったメンバー含め)本当に気楽でいられるのでよいです。ずっとこのメンバーでいられたら、とユートピア的存在にも考えてしまうくらい。ただ、やはり日々の生活はあるし(僕以外は社会人)、今や住むところも違う。かつて同じ舞台で映画の上映会を出来たのが夢のようです。いずれまたこういう遊びをすることを(気になったグリモンブレの映像に使われていた曲が分かり次第、連絡することを)約束し、別れました。

金沢21世紀美術館


それにしても金沢は来るたびに文化レベルの高さに驚かされます。兼六園などを含め、江戸時代から続く建物が多いという歴史的背景などもあるのでしょうか。また、中心街が金沢駅からは遠く、バスを利用せざるをえないことがバスシステムを発達させているのかもしれないと思いました。
今回の訪問でも新しく100円のバスルートの開通式が行われるところでした。週末とはいえ、21世紀美術館の人の入りも朝から多く、いきいきしてるのが感じられます。美術館自体も建ててそのままではなく、そこで行われる活動が持続しています。建築自体よりも僕はこちらに魅力を感じてしまう。もし僕が社会学などをしていたら金沢のこうした点を研究したいところです。帰ってきたばかりですが、最も再訪したい都市です。

2008.07.06 | | Comments(0) | Trackback(0) | 旅行記

花の音

百合


学校にあり、持ってっていいよとのことだったので頂いてきました。百合です。
久々に我が家の一輪挿しに花が挿さりました。一輪挿しとのアンバランス感。

空間が、がらっと変わりました。

2008.07.04 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記

asleep in the sky

誕生日


シャガールの絵は喜びの裏にすら僕は不安のような影を感じる。この「誕生日」ですらこの後のベラの死を予感させるような、不確定さがあるように見える。といってもこの感情はごく個人的なものだろうけども。福島でこの絵を見たことがある。何枚かあるこの絵の写真はMoMA所蔵のもの。

代々木の森


代々木の森。鎮守の森、原宿駅にて。明治天皇の眠るところ。生の活気にあふれている渋谷のすぐ隣に死がある。シャガールの絵と代々木公園を並列できるような、今日はそんな1日の途中でした。


2008.07.01 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記

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プロフィール

kiokucoragist

Author:kiokucoragist
東京の某デザイン研究所学生。日記とたま〜に博物館(含ギャラリー)や映画、デザイン全般について書いてます。映画を一年に一本くらい、ヒマみて撮ってます。映画制作中は制作日記になります。

記事中の写真はご自由に転用して結構です。その際、コメント欄などに一言、使用目的なども加え明記していただけると幸いです。また、希望をいただければ大きいサイズ(約1.5MB)もお送りします。

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