Go West

長期休暇恒例ともなった、一人旅(一人でないときもあったけど)。明日の夜から出ます。
今回は山陰地方。ずっと行きたかった山陰地方でもっとも有名な古寺をメインに行きます。分かる人はもう気づくでしょうが、登山つきです。

さっき計画を練り終えたところ。これもまた旅の楽しみのうちの何割かはあるのでしょう。綿密な計画を練って、何時の電車に乗って。そんな計画を確認するような旅は楽しいのかと疑問に思われるかもしれませんが、計画通りの旅もよいものです。脳内のイメージは必ず現地で裏切られます。
それに実は計画通りに終わった旅は今までほとんどなかったように思います。余裕のあるスケジュールだから、現地でさらにもう一つ予定をつめてみたり、行き先を逆にしたり。。。そういう意味でも、自分で最後まで計画を練ることが実は大事だったりします。

今回、唯一惜しむのは菊竹清訓設計のホテル東光園が盆で予約がいっぱいでとれなかったこと。。。
生きていればまた来ることもあろうと、それを生きる望みにしておこうと思います。
それから、静岡を回りつつ東京には15日に帰ってくる予定です。旅先の宿泊するところ(目処は全てたった)から更新できればと思います。
では!いってきます!
と気持ち悪いくらいポジティブに切り上げてみる。


2008.08.10 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記

六本木周辺、museum yesterday

ようやく落ち着きを取り戻そうとしている日々。昨日、同じ住宅ユニットの友人と六本木へ行った。

ギャラリー間の「グレン・マーカット」展。壁面一体に並べられた図面が美しい。圧倒的な密度。手書きの図面ってこんなにも魅力的なのか。篠原一男の図面とイメージが重なった。壁に拡大で貼られているのに精度が落ちない。これってすごいことだと思います。ただ、アクリルパネルに模型をぶち込む展示手法はどうなのかと思った。反対側に回らないと図面が見えないし。そのうち手書きをまた復習してみようかという気になった。

グレンマーカット展

続いて、21_21design sight、「浅葉克彦ディレクション 祈りの痕跡。」展。すごく良いと感じた。21_21の今までの展覧会の中で一番良かった気がする。普段自分らが捉えている記号的な文字から一歩、踏み込む。文字の起源、人類が初めて何かに痕を刻み付けたその行為が見えてくるようである。個人的には大嶺實清の家をモチーフにした一連の作品が好きだった。会場デザインは内田先生のよう。自分の中にある記号的な文字から、表徴的な文字へ見方が変わった。日本語は(漢字は)素敵な文字だと改めて感じさせてくれる。

その次にギャラリー夢のカタチ。先月できたばかりのギャラリーである。「倉俣史郎と小川隆之」。倉俣史郎を小川隆之が撮った写真が壁に貼られ、また、倉俣史郎の家具が会場内に置かれる。ミス・ブランチ。ピラミッドの引き出し。硝子の椅子。それと、壁掛け時計を初めて見た。13万円であり、とても手が届く値段ではなかった。これほどまでに物静かな時計も他になさそうである。写真をまとめた冊子が500円で販売されていたので、購入。ギャラリーは倉俣作品を多く手がけた三保谷硝子の隣。入り口のドアは倉俣史郎の代名詞の一つ、エキスパンドメタルを円筒状にして取手にしていた。とてもおすすめなのだが、残念なことに今日まで。

三保谷硝子ととんぼ


ギャラリーを出ると、非常に細い、か弱いトンボが三保谷硝子の周りを飛んでいた。何度も、硝子を認識できずに中に入ろうとしていた。そのうち、諦めて外に置いてあったガラス板の横に停まる。それを撮りました。フォトジェニックだね、と友人が言った。僕は、このトンボは倉俣さんだなと思った。


その後、明治神宮前まで移動。駅で偶然担任の先生と出会う。その後、GAギャラリーへ行く。世界的建築家の 最近のプロジェクトの紹介。スケールが大きすぎてあまり実感がなかった。GAのパネルって見にくい気がするのは自分だけでしょうか。でも、色々見れて楽しかった。デコンが未だ多かった。


今日は疲れたので1日家を出なかった。作りかけのプラモを作り、本を読んだ。気付くと玄関にCDが届いてる。9月にやる映像のグループ展の音源である。音がテーマであり、だから音楽は非常に重要である。ここからイメージを膨らませて映像を作るわけだけども、困ったことにそれが出てこなかった。MIDIだけどもセンチメンタルな曲である。普段こういう曲は全くと言っていいほど聴かない。こういう曲を映画に使わなかったことがないわけではないが、それは映像ありきであった。では、ここからどうするのか。とりあえず、毎日いろんな場面で聴き続けるしかない。頭の中できっと映像はすでにある。色はある。それをどう、捉えるかだと思う。いい曲だと思った。気に入った。

F91プラモ

写真は作ったプラモ。まずは、組み上げてみた状態。ガンダムF91は子供の頃、最も好きだったガンダムである。今もゲームセンターに行くとこれに乗ることが多い。

暇なのでグーグルのストリートビューてのをやってみる。これ、おそろしいなぁって思った。

2008.08.07 | | Comments(0) | Trackback(0) | 博物館やギャラリー

遠くから猫がみている

国立近代美術館、「カルロ・ザウリ展 イタリア現代陶芸の巨匠」と「建築がうまれるとき ペーター・メルクリと青木淳」に行ってきました。どちらも間もなく終了。

順路的に、まずはカルロ・ザウリの彫刻を。今回の展覧会まで名を知りませんでした。入った直後、本人が岩場に座っている大きな写真があって、それが彼の作品を語っていた気がします。陶器から彫刻へ、時代を追っての展示。流して見ていくつもりが、そうするには魅力的すぎ、特に後半は魅入ってしまいました。大地のうねりのも見える。大きくえぐった形態が連続し、全体が捻りをもった形態になる。その隙間。ポジとネガの中間のような、不思議な領域を感じました。

続いて「建築がうまれるとき」。
青木淳のから先に観ました。ボリュームスタディが100個くらい展示されていました。思考のプロセス順に、大きく20ほどの段階に分かれています。そのプロセスと、次の段階への発展についてコメントがあるのですが、その判断がいちいち適切に進んでいっているように見えました。実際はわからないのですが。うまくいかないと判断したらきっぱりとそれまでのアイデアを切る力。面白そうな小さな点を拾っていく眼。曖昧な粘土がだんだんと形をもってくるような、そんな思考システムを見た気がします。
一方のメリクリはドローイングの展示。青木淳のそれと異なり、一つのプロジェクトについてのドローイングはどれも等価であるように見えます。どれでもありうるような。より曖昧な段階であるのでしょうか。実際の建築物とはかけ離れた色彩がまた魅力。一方、トレーシングペーパーに描かれた図面はドローイングの線とは全く異なり、その直線は構成主義の絵画のよう。
少々あった模型はかなり荒い仕上がり。おそらく、自分の思考がそのまま生まれ、かつそれを確認するためだけの模型。それでこんなに魅力的に映るのだから狡いと思ってしまった。。。
両者とも結局、建築が完成された写真も、より具体的な図面も置かれないままの展覧会。一般的には最終成果物があったほうが見やすいとは思うのですが、それを見せずにプロセスだけで終ったのはよかったと思います。それだけに見慣れない人には何だか分からないものにもなりうるのですが。


ダンシングウォーター

夜、内田繁先生のお招きで先生の事務所へ。先生は今年から所長に就任されたのでそれで学生と交流を持とうと思われたのでしょう。今日がプレゼンだったらしい2年生が多く来ていた。3階のベランダで飲食をしました。内田先生の話は目の前の現実にこまこましていた自分たちの視点を再び遠くまで持っていってくれます。大きな規模で、話は具体的にはなりえないけれども、それだけ次世代に期待されているのかもしれません。


内田繁事務所から

気持ちのいい空間。涼しい風が吹いていました。担任の先生とはどうも上手く話しができないことを再確認。やってみようとは思ったのですがどうもうまくない。

内田繁事務所のパーティ―

むしろ、自分の住宅における行き詰まりはどうしようもない。映像を制作するみたいに、気楽に、肩が楽になれればいいのにと思います。何か、きっとブレークスルーが要るんだな、と感じています。
帰り道、家の近所の野良猫が横道10m先からこちらを見ていました。

2008.08.02 | | Comments(0) | Trackback(0) | 博物館やギャラリー

いっそ一思いに愚痴れ

空とガラス


疲れると空の写真が増えます。疲れると言っても、今日は肉体的と言うよりは人間関係。グループ課題。疲れてるように見えるし、明らかにイライラしながら先に帰ったメンバーが、数十分後に僕が帰るときに地下にちょっとよったら他の班のメンバーと笑顔でいたのには驚いた。その瞬間、あ、この人ともう二度と話すことはない、と感じました。明日、謝罪の言葉を送ってくることができるような人とはとうてい思えませんし。相手にすると余計疲れる。話しても無駄なので。
よほどのことがない限り何も言わないでいるけど、怒るのってすごい疲れるんです。
だから、最近はそういう人から切ってくことにしてます。僕は性格が悪いので。
といっても自分は切れない。それをするには、あまりにも遠すぎるし、やはり身体と精神は分ち難い。

疲れるってしか書いてない。ダメだな、疲れてる、いや、憑かれてます。バラバラです。
といっても身体はまだまだ余裕。

ビルのガラス


2008.07.31 | | Comments(2) | Trackback(0) | 雑記

こんな生活でも何かはある

最近の写真でも。

とりあえずカメラは常に持ち歩いているのでそれなりに決定的なときに出会う確率は多い。
写真は全くの独学である。写真の授業もあったけど、何かピンホールカメラとシュルレアリスムみたいなことして終った気がする。マン・レイやモホリ・ナギと同じことをやってたわけである。あの体験は大きい。
我ながら上手いとは思わないが、公開でもしないともったいない気もするのもある。

西永福バス停

帰り道を少し遠回りした近所のバス停。誰ともなく、多分バスの待ち合わせがつらいときに椅子を置いてったらこうなったんだと思う。ばらばらの椅子が面白くて撮った。

電線ハト

電線に停まっていた大量の鳩。真っ青の空で暑かった。

夕やけ高円寺

珍しい夕焼けの高円寺。提灯の赤や看板と調和していた。


2008.07.29 | | Comments(0) | Trackback(0) | 写真

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プロフィール

kiokucoragist

Author:kiokucoragist
東京の某デザイン研究所学生。日記とたま〜に博物館(含ギャラリー)や映画、デザイン全般について書いてます。映画を一年に一本くらい、ヒマみて撮ってます。映画制作中は制作日記になります。

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